アブ シンベル 神殿。 水没を免れるために世界中の協力で移設された『アブ・シンベル神殿』

水没を免れるために世界中の協力で移設された『アブ・シンベル神殿』

アブ シンベル 神殿

今回はエジプトの代表的な観光施設、アブ・シンベル神殿の概要を解説します。 アブ・シンベル神殿は水没を免れるために移設されるという数奇な運命をたどった世界遺産でもあります。 それでは、さっそくアブ・シンベル神殿を見ていきましょう。 アブ・シンベル神殿の歴史と概要 アブ・シンベル神殿はエジプト最南部、ナイル河沿いにあります。 建てられたのは紀元前1250年頃、第19王朝3代目のラムセス2世時代です。 ラムセス2世の統治は70年にも渡り、古代エジプトで最も有名なファラオでした。 また、アブ・シンベル神殿は移設された過去を持つ珍しい世界遺産です。 1960年代、アスワン・ハイ・ダムの建設に伴い、水没に危機にさらされました。 そこで、ユネスコの助けを得て、分解・解体を行った上で高台に移設されたのです。 アブ・シンベル神殿は古代エジプトのシンボルだけでなく、文化財に対する人々の思いが詰まった遺跡ともいえるでしょう。 アブ・シンベル神殿へのアクセス photo by shutterstock まずは、アブ・シンベル神殿の玄関口であるアブ・シンベルに行きましょう。 エジプトの首都カイロから飛行機で2時間かかります。 空港からアブ・シンベル神殿へはシャトルバスで20分です。 アブ・シンベル神殿の見所 photo by shutterstock アブ・シンベル神殿の最大の見所は正面にあるラムセス2世の巨大像です。 この巨大象は高さ33m、幅38mにもなります。 また、ラムセス2世巨大像の足元にあるレリーフにも注目してみましょう。 迫力ある戦闘シーンやパレードが描かれています。

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アブ・シンベル神殿 口コミ・写真・地図・情報

アブ シンベル 神殿

エジプトの南部、ナイル川西岸にそびえる世界遺産アブ・シンベル神殿。 忘却や水没の危機を乗り越え、1年に2度内部に日が当たる古代の神殿をご紹介しよう。 アブ・シンベル神殿 紀元前1244年、ラムセス2世によって建てられたアブ・シンベルは、大小2つの神殿からなる。 アブ・シンベル大神殿はそれぞれ21mの高さのラムセス2世の像が4つ入り口に並ぶ。 そしてこの神殿は1年に二度、2月22日と10月22日に神殿内部に光が差すようにできていることでも有名だ。 この二つの日付はラムセス2世の生まれた日と即位日ではないかとされている。 1年に二日しか日が当たらないこの神殿には、それらの日に大勢の観光客が神殿に押し寄せることでも有名だ。 Egypt Todayによれば、昨年10月22日には3500人ほどの観光客で賑わった。 内部にはラー・ホルアクティ、アムン、プタハの3神とラムセス2世を合わせた計4体の像があるが、1年に二度光が当たるのは、冥界神であるプタハを除く3体とされる。 その一方で昨年10月のEgypt Todayの記事ではプタハも含め4対2朝日が当たったとしている。 小神殿の方は王妃ネフェルタリに捧げられたものとされ、高さ10mほどの2体のラムセス2世の像に挟まれてネフェルタリの像が2対あり、その間に神殿への入り口が位置している。 再発見と大移動 Credit: Ad Meskens, CC BY-SA 3. 0 LiveScienceによれば、エジプトの著名なは自身の著書『The Mysteries of Abu Simbel』(仮訳:アブ・シンベルの謎)の中で、大小のアブ・シンベル神殿は一時は人々に忘れ去られ、砂に覆われ砂漠に消えつつあったと記しているという。 そんな神殿に再度光を当てたのは、スイスの旅行家で東洋学者のヨハン・ルートヴィヒ・ブルクハルトと、サーカスの怪力男ジョヴァンニ・ベルゾーニ(Giovanni Belzoni)だ。 ブルクハルトは1813年にアブ・シンベル神殿の存在について言及し、その後の1817年にベルゾーニが埋もれた大神殿の入り口を見つけ出したのだ。 こうして再度日の光を浴びることとなったアブ・シンベル神殿だが、1960年代にナイル川の氾濫防止と灌漑に建設されるアスワン・ハイ・ダムにより水没の危機に面したのだ。 そのためユネスコが国際協力を呼びかけ、これらの神殿やダムにより水没の危機にさらされた他の遺跡などが移動された。 これにより大小アブ・シンベル神殿は分解され、1968年に当初の位置よりも64m高く、180m西の位置に移転されている。 なお、世界遺産となっているのはアブ・シンベルだけではなく、ファラエ神殿などを含む「アブ・シンベルからフィラエまでのヌビア遺跡群」となっている。

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アブ・シンベル神殿

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アブ・シンベル神殿 アブ・シンベル神殿はエジプト最南端の観光スポットといえる場所で、もうちょい南に行くとスーダンとの国境です。 エジプトとスーダンの国境は、東の方の係争地域を除いては『 北緯22度線』で綺麗に分けられていますが、神殿のあるナセル湖辺りだけはスーダン領がピョコッと飛び出たようになってます。 アブ・シンベル神殿は紀元前1250年頃に ラムセス2世によって建造され、大神殿と小神殿の二つからなります。 アブ・シンベル神殿は建設時に水没してしまうはずでした。 しかし、ユネスコの主導で救済活動が行われ、現在のナセル湖沿岸の、元の位置から60メートル高い位置に移されました。 移設の際には遺跡をブロック状に切り出し、それを移設先でまた組み立てるという途方も無い方法で、約5年間をかけて行われたそうです。 また、このことがキッカケで世界遺産という考えが生まれたそうです。 アブ・シンベル大神殿は太陽神ラーを祭神としています。 大神殿の前には20メートルもの巨大な四体(一体は壊れている)の像が並んでいますが、全てラムセス2世です。 自己顕示欲の強い人です。 四つの像は左から右に行くに従って歳を取っているそうですが、見てもよくわかりません。 四体のラムセス2世象の足元には家族たちの像があり、また入り口の上の方にはの像が彫られてあります。 残念ながら内部の写真撮影は禁止なので、外からの写真ばかりになってしまいますが…。 その内部にはいたる所に壁画が刻まれていて、王様がどれ程素晴らしいことをおこなったかとか、どんな戦争があったかとかが彫られています。 この写真は『上下エジプト統一』をモチーフにした壁画で、神殿内部にもだいたい同じものが彫られています。 古代エジプトの王= ファラオは『上下エジプトの王』なので、王座の辺りにはよくこの絵柄が彫られているそうです。 アブ・シンベル大神殿では、年に二回だけ神殿の奥まで日光が届き、そこにある四体の像のうち、冥界神であるプタハ以外の三体を照らすような設計になっています。 これを見るために観光客が殺到(?)するらしいです。 本当はラムセス2世の誕生日である2月22日と、王に即位した10月22日にこの現象が起こるはずでしたが、神殿の移設によって今では日にちがちょっとずれてしまったそうです。 アブ・シンベル小神殿はハトホル女神を祭神としていて、ラムセス2世の王妃であるネフェルタリの為に建造されました。 小神殿の前には六体の像が並んでいますが、そのうちの四体はラムセス2世、二体はネフェルタリです。 足元には二人の子どもたちの像が彫られています。 こちらも当然内部の写真撮影は不可。 内部には様々なレリーフが彫られているのは大神殿と同様です。 ホールにはハトホル女神の顔が彫られた柱が六本立っていますが、あまり可愛くないです。 ハトホル女神は牛の耳を持つ愛と幸運の女神です。 暑さ対策は万全に。 スポンサーリンク.

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