かい もん こう も く か ぞ く しゅ。 鴻門之会(史記)(4)原文・書き下し文・現代語訳

「鴻門之会」 【あらすじ・現代語訳・年表・歴史地図・人間関係図】

かい もん こう も く か ぞ く しゅ

いえ、正確には南海特急「こうや」に乗りに出かけました。 高野山ではとんぼ返りで不信心の極みです。 それでも僅かの時間を割いて、奥の院にだけはお参りしましたが。 片道1時間半の特急電車の旅プラスアルファです。 尚、追加は下の方になります。 最新の追加は 冬の関西1デイパス。 毎年定期的にJR西日本が発売する「関西1デイパス」。 近畿地区の一円のJRフリー乗車区間に加え、季節ごとにそれぞれ異なる「沿線私鉄の電車バス船等チケット」がついており、使い方次第ではかなりリーズナブルです。 JRフリー区間はともかく「私鉄」部分にも色々と魅力があります。 その中で、何年も利用の構想を温めていたのが「高野山チケット」との組み合わせ。 「構想を温める」とは都合のよい表現ですが、要はいままで考えるだけで実行に移せなかっただけのこと。 反省して今シーズンは思い切って、これを利用して一日旅行を楽しむことにします。 1デイパスと高野山チケット。 今年の「冬の関西1デイパス」。 付属(オマケ?)セットのチケットは、「高野山パス」か「水都中之島パス」です。 かねてから利用したいと思っていたのは、このうち「高野山パス」。 大阪環状線の新今宮から高野山までの南海電車+ケーブルカーの往復チケット。 これに加えて、高野山エリアでのりんかんバスに乗車できるフリー乗車券がセットになった、結構リーズナブルなチケットです。 この区間の運賃だけで、1デイパスの料金2900円にほぼ相当しますから、JR区間がまるまるお得、と考えることもできます。 今回はJR区間は姫路から大阪駅間の往復だけ利用。 地元岡山からだと、本来は上郡からが有効区間になるのですが、本日は時間的な都合で姫路まで車で出かけ、姫路からの利用です。 また今回は南海線は往復とも特急「こうや」利用、というのが主旨ですから、特急券だけは別手配しなければなりませんが。 南海難波ターミナル。 予約した列車は、「こうや1号」。 難波を8時ちょうどに発車して、終点極楽橋まで約1時間20分。 更にケーブルカーに乗り換えて、9時33分に高野山駅に到着します。 この始発駅難波とJR大阪環状線新今宮間。 高野山チケットの有効区間外ですが、折角「こうや」に乗るからには始発駅の難波からゆったり乗りたい。 ということで、先ほど新今宮でチケットを引きかえた後、別に150円の切符を買って、南海線で難波までやって来ました。 よくよく考えると、1デイパスなら新今宮からJR難波(湊町)までJR線に乗車する、という手もありました。 しかし乗り換えのために歩く距離がかなり手間ですし、ま、些細なコストアップということで、面倒なことは考えないことにしましょう。 特急サザン。 久しぶりにやって来た巨大なターミナル、難波駅。 というより、これまでほんの2〜3回くらいしか来た覚えがありません。 10年ばかり前に大阪勤務していた時代も、電車移動が基本だったにもかかわらず泉南・和歌山方面へは車ばかりでした。 実はこの特急「サザン」にも乗車したことがありません。 この次は「スルッとKANSAI」のパスでも利用して乗車してみましょうか。 関空特急ラピート。 ということで、このラピートにも乗車したことがありません。 乗り換えの都合上、どうしても利用するのは「はるか」か「関空快速」になってしまいますし。 こちらも乗ってみたい列車であり車両ではあるのですが、いかんせん、わざわざこれだけのために出掛けてくるには、ちょっと運転区間が短いかな。 やはり何かフリーパスを使った乗り放題の旅、というのが妥当な線のようです。 こうや30000系。 「こうや1号」に使用の車両は30000系。 名車「デラックスズームカー」20000系の後を引き継ぐべく登場したこの車両も、すでに30年近くが経過しました。 特急列車大好きながら、これまで「こうや」には乗ったことがありません。 というより、上にも書いたように「サザン」も「ラピート」も、前身の「四国号」や20000系時代の「こうや」まで含めて、実は南海電鉄の有料特急にはこれまで一度も乗ったことがない! 本日は挽回の巻き返しです。 「こうや」30000系車内。 さて、難波駅をしばし散策後、発車10分前に入線した30000系「こうや1号」に乗車。 初めての列車や区間に乗るときは、何だかワクワクします。 それはいいのですが、写真のとおり、他に乗客がいません。 冬の高野山参りはシーズンオフで、使用期間が2月末までの「冬の関西1デイパス」に高野山チケットが付属するのは乗客呼び込み策の一環? それにしても、この車両だけとはいえ一人も乗っていないとは! 難波8時発と、日帰り高野山参りには最適の列車なんですが。 「ラピート」と併走。 列車は難波を定刻8時ちょうどに発車です。 少し離れたホームからは、先ほど眺めた南海本線の関西空港行き「ラピート」が同時発車。 複々線の線路を殆ど同じペースで、途中の停車駅新今宮・天下茶屋での停車も含めてぴったり肩を並べて走ってゆきます。 なかなか楽しい風景です。 それにしても、向こうの「ラピート」も窓から見る限り、車内はガラガラです。 どちらも朝のいい時刻の難波発列車と言うのに、こんなんで大丈夫なのか?南海特急! 「ラピート」と併走。 若干の前後はありましたが、ほぼ完全に併走の関空特急「ラピート」。 天下茶屋を発車して少し走ったところで、高野線を走る「こうや」の方が南海本線から離れるようにカーブして、10分余りの併走に幕を下ろしました。 ところで、もしかしたら京成スカイライナーの日暮里駅のように、JR接続駅の新今宮で大勢乗車してくるのでは?と思っていたのですが期待は裏切られ(?)、相変わらず車内はガラガラのままです。 まあ静かなのは結構なことですが。 南海高野山チケット。 南海の「高野山チケット」のセット、1デイパスの引換券を新今宮の南海窓口で交換したものです。 引換券を示すと、すでに印刷して袋に入れて準備していたものを、改めてわざわざ袋から取り出して説明してくれます。 このうち新今宮から高野山までの往復分の乗車券2枚は、おそらく自動改札機で回収されますから、ここで写真を一枚。 よくよく見ると、外袋は高野山での拝観料やお土産の割引券を兼ねています。 一日じっくりお参りすれば、チケットは更に効果大ということらしいですが、残念ながら本日はこちらを有効活用することは出来そうにありません。 チケットレス特急券。 本日乗車している「こうや」は有料特急です。 「高野山チケット」は乗車券だけですから、別に特急券の購入が必要となります。 金額はともかく、座席を指定されるわけですから、せっかくなら位置を指定したい。 幸い南海の特急券手配は、ネットで座席配置図を見ながら指定できますし、窓配置は車両の写真から容易に推定できますから、快適に乗車するのに向いている(あくまで好みの問題ですが)座席をあらかじめ指定しておきます。 予約時の空席状況から「空いてるな」とは思っていたのですが、まさか当日もこのありさまとは! なお、ネットから予約ということで、チケットレスサービスを利用。 特急券は発券されず、いざとなったら、携帯のサイトから座席番号を提示です。 もっとも折角の乗車ですから、「紙」の特急券が記念に欲しいところではあります。 座席のポジション。 指定した座席は、こういうポジションです。 景色と乗り心地重視のロケーションです。 高野山行き「右側」は、橋本から先の山岳路線で眺めの良い側です。 またこれ以上後ろになると、今度は後部の台車が近くなり乗り心地が悪くなる、という折衷的な位置です。 2列分の大窓の車両の場合は、柱が邪魔にならない後ろ側、というのも基本。 ということで、可能な限りは大抵このあたりの位置に陣取ることにしています。 前面風景。 基本は上の通りですが、もちろん前面展望風景にも捨てがたい魅力はあります。 この30000系の場合、運転席の広い窓が特徴ですが、後方の客室との間にはデッキはないため、最前部の席に行くとご覧の車窓が楽しめます。 が、本日はがら空きですから、ちょいと移動して前面風景も堪能する、という楽しみもありました。 車内風景。 車内後ろ側を眺めると・・・。 デラックスズームカーこと20000系譲りでしょうか。 半透明のガラスを使った客室扉です。 もちろん自動ドアです。 今でも「マジックドア」と呼んでいるのでしょうか。 車内検札? 以前は途中停車駅が少なかったこの「こうや」ですが、次第に増えて今では随分多くなりました。 最後部4号車後ろの乗務員室で案内をしている女性の車掌が、駅を発車するたびに車内を巡回します。 車内案内放送によると、「座席番号と違う席に座っている場合は、特急券を拝見する場合がある」とのことで、逆に言うと、それ以外では車内検札は行わないようです。 乗客が多ければ、駅ごとに手元の予約配置表と座席を比べて歩く「激務」が待っているのでしょうが、本日は何しろ「ただ歩いているだけ」のありさまです。 それでも横を通過するたびに「ご乗車ありがとうございます」と一声掛けられます。 この状況、お互いにちょっと気恥ずかしい気がするのは気のせい? 山岳区間。 南海高野線はおおざっぱに分けて、河内長野までの大阪南部の都会の住宅地路線、橋本までのローカル色豊かな複線区間、橋本から極楽橋までの単線山岳ローカル線に分かれ、ほんの一時間半足らずの間に全く異なる風景を見ることが出来ます。 橋本までも「山越え」的雰囲気の景色ではありましたが、橋本を出て暫く走ること数駅、そこから一気に山中に分け入って、これから先は人家はあるの?的風景になります。 急カーブ。 橋本までは比較的こまめに停車を繰り返した特急「こうや」ですが、橋本から極楽橋まで後半の35分はノンストップです。 もっとも、だから特急らしいかと言うと全くそうではなく、R100前後の急カーブと急勾配の連続で、路面電車並みの鈍足(最高33キロ制限区間もあり、最高速度では明らかに路面電車の方が速い)になってしまいます。 全行程1時間半程の観光特急ですから、これはこれで変化に富んでいいのでしょうが。 曲がったホーム。 橋本から先は単線区間。 もちろん「こうや」以外のローカル列車も運転されているため、途中駅で反対列車の待ち合わせも。 「駅」と言っても広い平地の敷地はありませんから、どこの駅もこのように大きく曲がったホームばかりで、4両編成の列車の車窓から後ろを見ると、自分の編成がこんな感じで眺められます。 駅以外はひたすら山に分け入るばかりで、いよいよ高野山に迫って来た、という雰囲気満点です。 極楽橋到着。 特急「こうや」の終点、極楽橋に到着です。 さすがに観光地の終点駅。 御覧の通りの決して広くない駅ではありますが、3面4線の真っすぐなホームです。 乗客ほぼ全員が電車とケーブルカーの間で乗り換え、及び短い時間での電車折り返しを考慮した両側ホームの線に特急が入ります。 極楽橋。 少ない乗客は、全員ケーブルカーに乗り換えです。 結局先頭の1号車。 途中乗車下車客が数名いましたが、区間利用ばかりで難波から極楽橋まで通しの乗車は私一人だけでした。 この列車はここ極楽橋までですが、駅の案内や時刻表では「高野山行き」と表示されているように、そのまま高野山駅行きのケーブルカーに接続します。 実際ここで下車するお客はまず殆どいないのでしょう。 さて、私。 電車に乗るだけならここで折り返す? イエ、ケーブルカーが接続している以上は、やはり高野山まで登らなければなりません。 そもそもそういうチケットですから。 30000系。 到着した「こうや」は、反対行きの乗客を乗せて、短い時間で折り返し「こうや2号」として難波に向け発車します。 とは言っても土曜日の午前の難波行き。 到着した列車以上に少ない乗客(ゼロではありませんが。 )での発車です。 この時間帯なら高野山からのお客より、途中から区間乗車のお客の方が多いでしょうか。 ケーブルカー。 ケーブルカーです。 極楽橋から高野山まで、標高差329mを一気に駆け上がります。 (引っ張り上げられる、という表現が正しいのでしょうが。 ) 車体の色は南海特急に合わせた赤と白に近いクリーム。 昔見た写真のイメージでは、もっと濃いクリームのはずでしたが、現在の「こうや」30000系では昔の20000系の登場時に比べるとクリームが白に近くなっていますから、それに合わせているのでしょうか。 もちろんこのケーブルカーの実物を見るのは初めてですから何とも言えませんが。 結局乗客は、全部で20人はいないかな? 傾いたケーブルカー。 さて、これから乗車するケーブルカーなのですが、元々斜めの車体が、何か随分傾いた感じです。 カメラの広角レンズのせいばかりではありません。 これには訳があり、この高野山ケーブル。 一番下のここ極楽橋駅が一番勾配が緩いため、こんなことになっているのです。 緩い、とは言ってもケーブルカーですから、ホームは御覧のとおりの結構急な階段ではあります。 ケーブルカー車内。 大型のケーブルカーですが、本日は何しろ定員の一割以下の乗車ですからこんな感じです。 そもそも全車指定席の「こうや」4両編成が満員の乗客を一度に全部運ぶことが出来るわけですから。 正面から眺める上方高野山駅側のの線路。 何だか先の方が天に向かってぐっと反り返った感じです。 登り勾配。 高野山のケーブルカー、特徴は登るにつれ勾配が急になってゆく点にあります。 実際乗っていても少しつつ上向きになる感じがわかるのですが、何より明らかなのはこの勾配標識。 極楽橋を出たあたりでは200台だったものが、登るたびに数字がアップしてゆきます。 そのペースは、これって本当に勾配標識?もしかして標高を示しているんじゃないの?と言う感じです。 ケーブルカー車内。 車体を途中で2つに継いだ、大型のケーブルカーです。 座席数はそれほど多いように見えず、260名が全員座れるとは思えません。 立席の定員も相当数含まれているのでしょうか。 まあ、5分ほどの乗車ですから、大きな問題はないのかもしれません 登り勾配2。 とうとう勾配標識の数字が500を大きく超えてしまいました。 このまま登ると真上に向いてしまうんじゃないの?というペースですが、さすがに間もなく終点高野山駅に到着です。 それはいいのですが、今にも雨と言う天気だったのが登って行くほどに霧が深くなり、視界がどんどん利かなくなってゆきます。 およそ山登りに向いた天気ではありません。 今日はちょっとだけ高野山の一角を眺めるつもりでしたが、断念してこのまま高野山駅で引き返した方がいいでしょうか。 高野山駅。 山上の駅・高野山に到着しました。 ホームの階段ですが、勾配の角度はこんな感じです。 ついでに天気もこんな感じです。 傾いたケーブルカー2。 さて、高野山駅に到着したケーブルカーですが。 6枚ばかり上の極楽橋駅の写真と比べて頂ければ判り易いかと思いますが・・・。 こんどは先ほどとは逆に傾いています。 要は極楽橋と高野山の両駅では、勾配にこれだけの角度差がある、と言うことです。 やはりさっきの勾配標識は嘘ではないようです。 高野山駅。 山上、霧の中の高野山駅です。 深い霧のため、歩くと少ししっとりするかもしれませんが、雨が降っているという感覚でもありません。 それよりこの高野山駅。 いわゆる「高野山」地区からは少し離れているため、駅の周囲は山ばかりで何もありません。 連絡バス。 霧は深いものの、このままならすぐには雨にはならないかな?と言う感じのお天気。 ということで、予定通り連絡バスに乗り、高野山方面に出掛けることにします。 何より、チケットの効力を全部使わないのは惜しい気がしますし、折り返しのケーブルカーまでには最大で1時間40分程度の余裕があります。 このまま折り返し列車を待つには、高野山駅も極楽橋駅もあまりに何もありません。 と言っても、これからバスで往復すると残り時間は知れています。 今回は(次回があるかどうかはわかりませんが)無理をせず、1点集中駆け足観光。 ということで、バスの終点・奥の院まで。 そこから徒歩で、奥の院に参ってくることにします。 本日はこの時刻の接続バスは2方面2台だけですが、「こうや」が満員だったら、続行で何台ものバスが出ることでしょう。 奥の院バス停。 高野山駅から南海バスの専用道路で高野山地区へ。 「専用道路」というと聞こえはいいですが、要はつづらの山道です。 片面は山の法面、もう片面は谷、というさほ広くない道を、低速で左右に曲がりながらゆっくり走ります。 ずっとそんな道ばかりかと思っていましたが、専用道路区間が終わり、いわゆる高野山地区に入ると、色々な施設あり、土産物屋などありで、賑やかな地区です。 もちろん一般車でくることも出来ます。 さすがに1000人以上が生活しているだけあって、立派な「町」でした。 本日はその街並みを抜け、このバスの終点「奥の院」までやって来ました。 奥の院方面。 バス停・駐車場付近から「奥の院」方面を眺めます。 折り返し時間はさほどありませんが、折角ですから歩いて「奥の院」まで往復参拝してこようと思います。 ここから徒歩で10分少々でしょうか。 本来の参拝ルートは、少し手前の「一の橋」バス停で下車して「表参道」を歩くというコースらしいのですが、これだと片道2キロ近くあるようなので、本日は少し時間が不足しそうな感じです。 奥の院。 さて、少し早足で歩いて10分ばかり。 この橋を渡ると、正面が「奥の院」です。 注意書きにあるように、ここから先は「写真撮影禁止」とのことですから、ここでカメラは仕舞うことにします。 奥の院。 と上で書きましたが、仕舞う前にもう一枚。 正面が不信心・お気楽観光の目的地です。 高い木の間から木漏れ日が、という景色を予想していたのですが、本日は上の方は深い霧に霞んでいます。 まあ、それも悪くない景色ではあります。 高野山駅スタンプ。 駆け足のミニ参拝を終え、往路と同じルートのバスで、再び高野山駅に戻って来ました。 どうか不信心な参拝態度を責めないようお願いします。 さて、駅の窓口近くで見つけた記念のスタンプ。 うっかりしていました。 本日はスタンプカードを持参していませんでした。 生憎、片面が白紙のチラシ案内類も置かれていません。 ということで、写真の撮影だけです。 何の意味があるんでしょう? 下りケーブルカー。 帰路の下りケーブルカーです。 相変わらず深い霧の中で、窓の向こうはこんな感じです。 鬱蒼とした木々の間では、決して悪い雰囲気ではないのですが。 デラックスズームカー。 極楽橋に掲げてあった、歴代の南海高野線の電車とケーブルカーの紹介。 私にとっては、「こうや号」と言えば、デラックスズームカーことこの20000系です。 残念ながら実物を見たのは一度だけ。 乗車する機会はありませんでしたが。 なにしろ当時(1985年まで)はこの一編成だけ。 「こうや」も一往復だけで、しかも冬場は車両点検のため、丸々運休していましたから。 31000系「こうや」。 難波までの帰路も、特急「こうや」を利用します。 今度は31000系の「こうや4号」です。 朝方乗って来た「こうや1号」。 折り返し時間7分で「こうや2号」として難波へ引き返します。 高野線乗車だけならこれに乗車してもいいのですが、折角違う車両の特急も走っているならそれにも乗りたい。 ということで、帰路は1本後の「こうや4号」を選択したわけです。 おかげで折り返し時間に余裕がありますから、折角ならチケットが有効なケーブルカーにも乗ってみよう。 更にチケットが有効なりんかんバスにも乗車して、ついでにちょっとだけ高野山にもお参りして来よう。 という、実に不信心極まりない動機の高野山参りでした。 「こうや」と「天空」。 さて、発車を待っている間に列車が入って来ました。 南海の観光列車「天空」です。 南海高野線の橋本と高野山を結ぶ観光列車です。 といっても4両のうちこちら側、橋本側2両はふつうの電車です。 「こうや」と「天空」。 極楽橋駅で並んだ「こうや4号」と「天空2号」です。 この「天空」、在来車の改造ですが、観光用のために大幅な改造を行っており、外装カラーも独特です。 当日予約が空いていれば、この2号に乗車することもできますが、本日はオーソドックスに31000系の乗車優先ということで、「天空」はまたの機会に譲ることにします。 「天空」。 車体形状は種車のままですが、独特のカラーとヘッドマーク取付で、全く別の車に仕上がっています。 基本的に深い山の中を走る電車に緑色のカラーですから、正面の赤は警戒色を兼ねているのでしょうか。 せっかく「天空」という名前ですから、明るい空色か鮮やかなブルーでも良かった気はしますが。 「天空」車内。 木をベースにした内装に左向きのシート。 更に車体左側の窓は元のサイズから丸々変更と、大幅な改造の車内外です。 運転区間の橋本〜極楽橋はほぼこちら向きの車窓がメインで、反対側は山の法面になりますから、これでいいのでしょう。 良く見ると、わずかではありますが、シートのある中央部は視界確保のため床面を高くしています。 開放スペース。 大手私鉄の観光用車両で珍しいのは、車体の一部に完全に外気の開放スペースがある点。 この写真はホームから車内を覗き込んで撮ったものです。 新緑の季節なら気持ちがいいかも。 もっともこれからのシーズン。 山岳路線でこの構造は、意外と「スギ花粉」が大敵になるかも。 思い切った車体大改造、と思っていましたが、よくよく見るとドアの開口部をそのまま活用した、「最小限の変更で最大効果を求める改造」のようです。 「こうや4号」車内。 さて、上りの特急「こうや4号」。 この写真では相変わらず「ガラガラ」に見えますが、極楽橋発車時点で、少なくとも往路の「こうや1号」よりはいくらか(あくまでいくらかですが)多めのお客が乗車しています。 乗車した4号車でも、とりあえず数名(ひとケタですが)のお客が乗車されていました。 31000系前面展望。 この「こうや4号」の車両31000系。 往路の30000系と違い正面貫通扉があり、前面展望はいまひとつです。 しかしやはり運転台と客室の間は仕切りがあるだけで、この部分に乗降扉はありません。 仕切りには大きな窓がありますから、このような前面展望も眺められます。 窓の外は雨模様ですが、実際には少し霧が深い程度で、傘を差すほどでもないようです。 交換列車。 山深い駅で、2300系と交換です。 車長の短い南海高野線の車両。 2ドアクロスシートのスタイルが程良い感じの高野線車両ですが、ステンレス車体のこの2300系にも踏襲されており、ぜひ乗ってみたい感じです。 次回は2300系と「天空」の組み合わせ、と行きたいところですが、いつのことになるでしょうか。 31000系車内。 31000系の車内、こんな感じです。 カラーリングイメージは30000系同様ですが、照明の形状はじめ細かい部分に差も見られます。 この写真は終点難波到着後のもので、すでに乗客は下車した後です。 ところで復路の乗客。 極楽橋発車時点では4両で30名程度でしたが、橋本で結構乗車。 更に停車駅ごとに結構なお客が乗って来て、新今宮到着時点では8割くらいが埋まっていました。 列車は「こうや」ですが、実態は難波〜橋本間の特急「りんかん」的用途が中心になっているようです。 それにしても、南海高野線に限れば、有料特急の区間利用者は結構いるのでしょうか。 関西では観光以外の有料特急・有料車両ははやらない、との認識でしたが。 終点難波。 列車は定刻に終点難波ターミナルに到着です。 朝8時の出発から、ほんの5時間足らずの小旅行でした。 しかし道中色々と変化に富んでおり、時間の割に堪能できた、と言う感じです。 折り返し「こうや」。 終点難波に到着した「こうや4号」。 10分間の折り返し時間で、「こうや9号」として再び高野山方面極楽橋に向かいます。 短い車両とは言え乗降ドアは1両に1か所。 全員下車を確認した後にシートの自動転換、さらに簡単な車内清掃(ゴミ拾い程度)と続き、乗客を乗せたと思うと間もなく発車と、慌ただしい折り返し時間です。 あまり馴染みがなかった南海電鉄と初めて乗った南海特急でしたが、「サザン」「ラピート」「天空」に2300系と、今後の課題が増えたようです。 いつの日になるかわかりませんが。 早朝の大阪駅〜「きたぐに」到着。 おまけのJR大阪駅です。 3月ダイヤ改正で定期列車廃止が決まり、(この撮影時点で)残り1か月を切った急行「きたぐに」の終点大阪駅到着風景です。 土曜日ですから、早朝7時前のことではありますが、ごらんのとおりの賑わいです。 折角の来阪ですから、片隅に混ぜさせていただきました。 「きたぐに」。 向かいホームはこんな感じです。 かく言う私も、姫路を5時過ぎに出る始発電車に乗ってやって来ました。 今回は「冬の関西1デイパス」を使用する関係上、有効区間は上郡から東で、往路に山陽新幹線は使えない。 難波8時の「こうや1号」に乗りたいが、そのためには時間的に少なくとも上郡まで車で来なければならない。 それなら姫路まで行って始発電車に乗り、ついでに「きたぐに」を拝んでみよう。 という図式です。 寝台電車。 登場40年を越えた583系。 今では3段寝台はこれだけになりました。 というより、改正で「きたぐに」「日本海」が定期廃止されると、残る寝台列車自体が僅少になってしまいます。 この冬は雪が多くて運休が相次いだ「きたぐに」ですが、最終日はちゃんと走るでしょうか。 夕刻の大阪駅。 夕刻の大阪駅です。 10番線に青森行きの寝台特急「日本海」がはいって来ました。 朝の「きたぐに」同様、3月改正で定期廃止される「日本海」。 こちらは夕刻18時前と、ギャラリーにとっては都合のよい時間帯とあって、ホームはこんな感じです。 「日本海」入線。 ホームの警備の係の方、申し訳ありません!! 私もこのバカ騒ぎの一翼を担った犯人の一人です。 ということですが、ホームの一番端に場所を構えたため、写真で前の人が入るのはどうしようもありません。 まあ、これは「お祭り」ですから、これはこれでいいでしょう。 「サンダーバード」発車。 隣の11番線から、北陸線の先発「サンダーバード」が発車してゆきます。 この「日本海」。 客車列車の悲しさでスピードは如何ともしがたく、1時間後の「サンダーバード」に乗っても途中で追い抜くことが出来ます。 もっとも、寝台列車の衰退の理由はそれだけではありませんが。 隣のホーム。 さて、サンダーバードが発車した後の11番線。 列車が発車して見通しが利くようになるのを待ち構えていたギャラリーはこんな感じ。 私はどちらにしようかと迷った末、両ホームの様子を眺めて10番線から眺めることにしました。 10番線のギャラリー。 どこへ行ってもケイタイでの撮影が多いのにはビックリ。 まあ、今に始まったことではありませんが。 それより、これだけの混雑だと一眼レフは不便です。 カメラを差し上げても大体のアングルが液晶モニターで確認できるコンパクトカメラ、意外と重宝します。 伝統のカラー。 バラ色の車体に「日本海」のヘッドマーク。 JRの車両が次々と塗装色を変える中、運転開始当初からの国鉄時代のままのカラーリングです。 伝統のヘッドマークがまたひとつ消えてしまうのは残念! 5月に運転される臨時列車でも、同じ姿を見せてくれるでしょうか。 「日本海」発車。 定刻17時47分、青森に向けて「日本海」の発車です。 さすがにギャラリーも「黄色いブロック」まで下がりますから、ポジショニングをちゃんと確保しておくと、この瞬間に写真は撮り易いかな? 「日本海」発車。 列車が動き出しました。 反対側のホームはこんな感じで、2月後半では無茶苦茶多いギャラリー、というわけでもありません。 まあ3月になりもっと廃止直前になれば、こんなものでは済まないでしょうが。 「日本海」発車。 ついでの一枚です。 上と同じ(上の続き)で目新しいコメントはありません。 雰囲気だけの一枚!です。 青い客車。 信号は青。 ゆっくりと列車が発車してゆきます。 運転経路の関係で、この「日本海」は大阪駅では東側に電源車を連結しており、他のブルートレインとは異なる趣でした。 「日本海」。 最後まで開放式のB寝台車を中心とした、旧態依然の「日本海」でしたが、最後尾のオハネは金帯仕様車です。 客車とはいえ、さすがにここまでくると結構なスピードになっていますから、カメラ手持ちでこの時刻では、キチンと止めることはできません。 まあ雰囲気を伝える賑やかしだと思ってご覧ください。 「日本海」の文字、これが見納めになるかな? 編成表 バナーにご利用ください.

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史話の鴻門の会の現代かなづかいをひらがなになおしておしえてください 面倒だとおもいますがよろしくおねがいします 沛公旦日従百余騎、来見項王。 至鴻門、謝曰、 「臣与将軍戮力而攻秦。 将軍戦河北、臣戦河南。 然不自意、能先入関破秦、 得復見将軍於此。 今者有小人之言、令将軍与臣有郤。 」 項王曰、 「此沛公左司馬曹無傷言之。 不然、籍何以至此。 」 項王即日因留沛公与飲。 項王・項伯東嚮坐。 亜父南嚮坐。 亜父者、范増也。 沛公北嚮坐、張良西嚮侍。 范増数目項王、挙所佩玉玦、 以示之者三。 項王黙然不応。 范増起、出召項荘、謂曰、 「君王為人不忍。 若入、前為寿。 寿畢、請以剣舞、 因撃沛公於坐、殺之。 不者、若属皆且為所虜。 」 荘則入為寿。 寿畢曰、 「君王与沛公飲。 軍中無以為楽。 請以剣舞。 」 項王曰、 「諾。 」 項荘抜剣起舞。 項伯亦抜剣起舞、常以身翼蔽沛公。 荘不得撃。 於是張良至軍門、見樊噲。 樊噲曰、 「今日之事何如。 」 良曰、 「甚急。 今者項荘抜剣舞。 其意常在沛公也。 」 噲曰、 「此迫矣。 臣請、入与之同命。 」 噲即帯剣擁盾入軍門。 交戟之衛士、欲止不内。 樊噲側其盾、以撞衛士仆地。 遂入、披帷西嚮立、瞋目視項王。 頭髪上指、目眥尽裂。 項王按剣而跽曰、 「客何為者。 」 張良曰、 「沛公之参乗、樊噲者也。 」 項王曰、 「壮士、賜之卮酒。 」 則与斗卮酒。 噲拝謝起、立而飲之。 項王曰、 「賜之彘肩。 」 則与一生彘肩。 樊噲覆其盾於地、加彘肩上、 抜剣、切而啗之。 項王曰、 「壮士、能復飲乎。 」 樊噲曰、 「臣死且不避、卮酒安足辞。 夫秦王有虎狼之心。 殺人如不能挙、 刑人如恐不勝。 天下皆叛之。 懐王与諸将約曰、 『先破秦入咸陽者、王之。 』 今、沛公先破秦入咸陽。 豪毛不敢有所近。 封閉宮室、還軍霸上、 以待大王来。 故遣将守関者、備他盗出入与非常也。 労苦而功高如此、未有封侯之賞。 而聴細説、欲誅有功之人。 此亡秦之続耳。 窃為大王不取也。 」 項王未有以応。 曰、 「坐。 」 樊噲従良坐。 坐須臾、沛公起如廁、因招樊噲出。 沛公已出。 項王使都尉陳平召沛公。 沛公曰、 「今者出、未辞也。 為之奈何。 」 樊噲曰、 「大行不顧細謹、大礼不辞小讓。 如今、人方為刀俎、我為魚肉。 何辞為。 」 於是遂去。 乃令張良留謝。 良問曰、 「大王来何操。 」 曰、 「我持白璧一双、欲献項王、 玉斗一双、欲与亜父、 会其怒、不敢献。 公為我献之。 」 張良曰、 「謹諾。 」 当是時、項王軍在鴻門下、 沛公軍在霸上、相去四十里。 沛公則置車騎、脱身独騎、 与樊噲・夏侯嬰・靳彊・紀信等 四人持剣盾歩走、従驪山下、道芷陽間行。 沛公謂張良曰、 「従此道至吾軍、不過二十里耳。 度我至軍中、公乃入。 」 沛公已去、間至軍中。 張良入謝曰、 「沛公不勝桮杓、不能辞。 謹使臣良奉白璧一双、再拝献大王足下、 玉斗一双、再拝奉大将軍足下。 」 項王曰、 「沛公安在。 」 良曰、 「聞大王有意督過之、脱身独去、 已至軍矣。 」 項王則受璧、置之坐上。 亜父受玉斗、置之地、抜剣撞而破之曰、 「唉、豎子不足與謀。 奪項王天下者、必沛公也。 吾属今為之虜矣。 」 沛公至軍、立誅殺曹無傷。 はいこう たんじつ ひゃくよきを したがえ、きたりて こうおうに まみゆ。 こうもんに いたりて、しゃして いわく、 「しん しょうぐんと ちからを あわせて しんを せむ。 しょうぐんは かほくに たたかい、しんは かなんに たたかう。 しかれども みずからは おもわざりき、よく さきに かんに いり しんを やぶり、 また しょうぐんに ここに まみゆるを えんとは。 いま しょうじんの げん あり、しょうぐんをして しんと げき あらしむ。 こうおういわく、 「これ はいこうの さしば そうむしょう これを いえり。 しからずんば せき なにをもってか ここに いたらん。 こうおう そくじつ よりて はいこうを とどめて ともに いんす。 こうおう・こうはく とうきょうして ざす。 あほは なんきょうして ざす。 あほとは、はんぞうなり。 はいこう ほっきょうして ざし、ちょうりょうは せいきょうして じす。 はんぞう しばしば こうおうを もくし、おぶるところの ぎょっけつを あげて、 もって これに しめすこと こたびす。 こうおう もくぜんとして おうぜず。 はんぞう たちて、いでて こうそうを めして いわく、 「くんおう ひととなり しのびず。 なんじ いりて、 すすみて じゅを なせ。 じゅ おわりて、 けんを もって まわんことを こえ。 よりて はいこうを ざに うちて これを ころせ。 しからずんば なんじが ぞく みな まさに とりことする ところと ならんとす。 そう すなわち いりて じゅを なす。 じゅ おわりて いわく、 「くんおう はいこうと ともに いんす。 ぐんちゅう もって がくを なす なし。 こう けんを もって まわん。 こうおう いわく、 「だく。 こうそう けんを ぬきて たちて まう。 こうはくも また けんを ぬきて まい、つねに みを もって はいこうを よくへいす。 そう うつことを えず。 ここにおいて ちょうりょう ぐんもんに いたり、はんかいを みる。 はんかい いわく、 「こんにちの こと いかん。 りょう いわく、 「はなはだ きゅうなり。 いま こうそう けんを ぬきて まう。 その い つねに はいこうに あるなり。 」 かい いわく、 「これ せまれり。 しん こう、いりて これと いのちを おなじゅう せん。 かい すなわち けんを おびて たてを ようして ぐんもんに いる。 こうげきの えいし、 とどめて いれざらんと ほっす。 はんかい その たてを そばだて、もって えいしを つきて ちに たおす。 ついに いりて いを ひらきて せいきょうして たち、めを いからして こうおうを みる。 とうはつ じょうしし、もくし ことごとく さく。 こうおう けんを あんじて ひざまづきて いわく、 「かく なんする ものぞ。 ちょうりょう いわく、 「はいこうの さんじょう、はんかいというものなり。 こうおう いわく、 「そうしなり、これに ししゅを たまえ。 すなわち とししゅを あたう。 かい はいしゃして たち、たちながらにして これを のむ。 こうおう いわく、 「これに ていけんを たまえ。 すなわち いつせいていけんを あたう。 はんかい そのたてを ちに おおい、ていけんを うえに くわえ、 けんを ぬきて、きりながら これを くらう。 こうおう いわく、 「そうしなり、よく また のむか。 はんかい いわく、 「しん しすら かつ さけず、ししゅ いずくんぞ じするに たらん。 それ しんおう ころうの こころ あり。 ひとを ころすこと あぐる あたわざるが ごとく、 ひとを けいすること おそるるに たえざるが ごとし。 てんか みな これに そむく。 かいおう しょしょうと やくして いわく、 『さきに しんを やぶり かんように いる ものは これを おうと す。 いま、はいこう さきに しんを やぶり かんように いる。 ごうもうも あえて ちかづくる ところ あらず、 きゅうしつを ふうへいし、はじょうに ぐんを かえし、 もって だいおうの きたるを まつ。 ゆえに しょうを つかわし、かんを まもらしめしは たとうの でいりと ひじょうとに そなうればなり。 ろうくして こう たかきこと かくのごとく、いまだ ふうこうの しょう あらず。 しかるに さいせつを きき、ゆうこうの ひとを ちゅうせんと ほっす。 これ ぼうしんの ぞくのみ。 ひそかに だいおうの ために とらざるなり。 こうおう いまだ もって こたうるあらず。 いわく、 「ざせよ。 はんかい りょうに したがいて ざす。 ざすること しゅゆにして、はいこう かわやに たち、よりて まねきて はんかいと いず。 はいこう すでに いず。 こうおう とい ちんぺいを つかわして はいこうを めす。 はいこう いわく、 「いま いづるに、いまだ じせず。 これ いかんと なす。 」 はんかい いわく、 「たいこうは しょうきんを かえりみず、たいれいは しょうじょうを じせず。 いま、ひとは まさに とうそたり、われは ぎょにくたり。 なんぞ じを なす。 ここにおいて ついに さる。 すなわち ちょうりょうを とどめて しゃせしむ。 りょう といて いわく、 「だいおう きたりて なにをか とる。 」 いわく、 「われ はくへき いっそうを もち こうおうに けんぜんと ほっし、 ぎょくと いっそうを あほに あたえんと ほっするも、 その いかりに あいて あえて けんぜず。 こう わが ために これを けんぜよ。 ちょうりょう いわく、 「つつしみて だくす。 このときに おいて、 こうおうの ぐん こうもんの もとに あり、 はいこうの ぐん はじょうに あり、あいさること しじゅうりなり。 はいこう すなわち しゃきを おき、 みを だっして ひとり きし、 はんかい・かこうえい・きんきょう・きしんらともに よにん けんじゅんを もちて ほそうし、りざんの もとより、しように みちして かんこうす。 はいこう ちょうりょうに いいて いわく、 「このみちより わがぐんに いたるは にじゅうりに すぎざるのみ。 われ ぐんちゅうに いたるを はかり、こう、すなわち いれ。 はいこう すでに さり、かんして ぐんちゅうに いたる。 ちょうりょう いりて しゃして いわく、 「はいこう はいしゃくに たえず、 じする あたわず。 つつしみて しんりょうをして はくへき いっそうを たてまつり、さいはいして だいおうの そっかに けんじ、 ぎょくと いっそうを さいはいして だいしょうぐんの そっかに たてまつる。 こうおう いわく、 「はいこう いずくにか ある。 りょう いわく、 「だいおうの これを とくかする いあるを きき、 みを だっして ひとり さり、 すでに ぐんに いたる。 こうおう すなわち へきを うけ、これを ざじょうに おく。 あほは ぎょくとを うけ、これを ちに おき、 けんを ぬいて つきて これを やぶりて いわく、 「ああ、じゅし ともに はかるに たらず。 こうおうの てんかを うばうものは かならず はいこうなり。 わが ぞく いまに これに とりこと ならんとす。 はいこう ぐんに いたりて、たちどころに そうむしょうを ちゅうさつす。

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ここでは、色々な蝶がどの様にグループされているかをご紹介します。 蝶の種類 全世界に蝶の仲間は約18,000〜20,000種類いる、と言われています。 種類数が特定できないのは、まだ発見されていない種類がいると思われているのと、学者によってある蝶を1種にしたり2種にしたりするからです。 このように、種類数が不安定である理由は「 」の定義がどうしてもハッキリしないからです。 そもそも自然界には「 」など無いのですから、これは仕方がないことです。 また、生物は常に進化していると考えると、これから分離して、違う種類に進化していくグループや、逆に二つのグループが一つとなって同じ種類になるグループが現在いる事が予想され、今ある種が、今後その種のままでとどまっているとは限らないわけです。 (種の進化については、のページを参照してください。 ) また、まだまだ発見されていない種も沢山いるとされています。 蝶は昆虫の中で最も研究されている仲間ですが、実はまだまだ分からないことが多いのです。 また、すでに発見されていた種類でも、サトキマダラヒカゲとヤマキマダラヒカゲや、アカシジミとキタアカシジミの例の様に、あとから一つの種類であったと思われていたものが、実は二つの種であったことが発見されたりします。 分類単位について 分類(ぶんるい)は、まず「 種(しゅ)」が基本です。 種とは、何匹かの昆虫が、共通の形態や性質を持ち、その雌雄が野外で自由に自然に交尾し、受精卵が異常なく成虫まで育ち、しかも代々健全な子孫が育っていく個体群を指します。 一方、種の中で 個体変異(こたいへんい)が見られることがあるので、形態については共通である必要がないと考える学者もいます。 同じような特徴を持った種を集めて、「 属(ぞく)」という単位でまとめることが出来ます。 そして、同じ特徴を持った属を「 科(か)」でまとめ、科も同じようにまとめて「 目(もく)」にして・・・といった感じでまとめていくと、最後は、「動物」と「植物」にまとまります。 種、属、科、目などのグループの単位を、 分類単位(ぶんるいたんい)」と呼びます。 その関係は以下の通りとなります。 界(かい)Kingdom 門(もん)Phylum 綱(こう)Class 目(もく)Order 科(か)Family 属(ぞく)Genus 種(しゅ)Species ここのホームページでもそうですが、蝶の分類場合、上記だけでなく、更に細かい分類単位が使用されることが多く見られます。 例えば、科と属の間に「 亜科(あか)」が設けられ、更に亜科と属の間に「 族(ぞく)」を設けるなどです。 よく研究される蝶のグループほど、より細かく分けられる傾向にあります。 5種類の蝶たちの分類を例に見てみましょう。 分類単位 モンシロチョウ アゲハチョウ ウスバアゲハ ギフチョウ ヒメギフチョウ 界(かい) 動物界(どうぶつかい) Animalia 動物界 (Animalia) 動物界 (Animalia) 動物界 (Animalia) 動物界 (Animalia) 門(もん) 節足動物門(せっそくどうぶつもん) Articulata 節足動物門 Articulata 節足動物門 Articulata 節足動物門 Articulata 節足動物門 Articulata 綱(こう) 昆虫綱(こんちゅうこう) Insecta 昆虫綱 (Insecta) 昆虫綱 (Insecta) 昆虫綱 (Insecta) 昆虫綱 (Insecta) 目(もく) 鱗翅目(りんしもく) Lepidoptera 鱗翅目 (Lepidoptera) 鱗翅目 (Lepidoptera) 鱗翅目 (Lepidoptera) 鱗翅目 (Lepidoptera) 科(か) シロチョウ科 (Pieridae) アゲハチョウ科 (Papilionidae) アゲハチョウ科 (Papilionidae) アゲハチョウ科 (Papilionidae) アゲハチョウ科 (Papilionidae) 亜科(あか) シロチョウ亜科 (Pierinae) アゲハチョウ亜科 (Papilioninae) ウスバアゲハ亜科 (Parnassinae) ウスバアゲハ亜科 (Parnassinae) ウスバアゲハ亜科 (Parnassinae) 族(ぞく) シロチョウ族 (Pierini) アゲハチョウ族 (Papilionini) ウスバアゲハ族 (Parnassini) タイスアゲハ族 (Zerynthini) タイスアゲハ族 (Zerynthini) 属(ぞく) モンシロチョウ属 Pieris アゲハチョウ属 ( Papilio) ウスバアゲハ属 ( Parnassius) ギフチョウ属 ( Luehdorfia) ギフチョウ属 ( Luehdorfia) 亜属(あぞく) クロホシウスバ亜属 ( Driopa) 群(ぐん) アゲハチョウ群 (xuthus group) 種(しゅ) モンシロチョウ ( rapae) アゲハチョウ ( xuthus) ウスバアゲハ ( glacialis) ギフチョウ ( japonica) ヒメギフチョウ ( puziloi) 亜種(あしゅ) 日本亜種 ( crucivora) なし 原名亜種 ( glacialis) なし 日本亜種 ( inexpecta) 蝶の主な分類単位の特徴は、次の通りです。 動物界(どうぶつかい)・・・動物界と植物界の二つがあり、蝶は動物の仲間に含まれます。 節足動物門(せっそくどうぶつもん)・・・ で、体に節がある動物が節足動物門に入ります。 犬や猫などは、脊椎(せきつい)をもった、脊椎動物門(せきついどうぶつもん)に分類されます。 昆虫網(こんちゅうこう)・・・頭、胸、腹の3つの体からなり、頭部には触角が1対、胸部には脚が3対あるもの。 いわゆる「昆虫」と呼ばれるグループで、昆虫綱以外には、クモやカニなどのグループがあります。 鱗翅目(りんしもく)・・・胸部に2対の大きな羽を持ち、その羽に鱗状の を有しているもの。 をする。 蝶と蛾はこのグループに入ります。 群と亜属はほとんど同じ分類単位とも言えます。 亜種とは? 蝶の種類を調べていると、よく 亜種(あしゅ)という分類が使われます。 これは同じ種類でありながら、違った特徴を持つ 個体群(こたいぐん)を指すものです。 基本的に、それぞれの亜種が地理的に離れていることが亜種とされる条件の一つです。 島や山など、孤立する条件がある場合によく亜種が見られます。 種と同じで、亜種の定義も学者によって変わりますので、まだ曖昧なところがあります(そもそも亜種を認めない学者もいます)。 また、詳しく研究されている種類であればあるほど、細かく亜種に分類される傾向があります。 たとえば、ヨーロッパに生息するアポロウスバ Parnassius apolloはわずかな特徴の違いで、70亜種以上に細かく分類されています。 下の写真は左から台湾、スマトラ島、ジャワ島で見られるルリモンアゲハたちです。 見てわかると思いますが、それぞれ翅の模様が違います。 これらはすべて同じ種類とされていて、大昔にそれぞれの島に取り残され、独自に進化してこのようになったと考えられています。 ではどうして違う種類ではないかというと、それは体の特徴や、卵や幼虫といった幼生期の特徴が共通している事、そして最近ではDNAの比較でそれぞれとても近い関係にあるとされているからです。 そして、種の条件にあるように、それぞれを交配させると、ちゃんと卵から成虫まで育ちます。 これはルリモンアゲハの亜種ではないのでしょうか?これには亜種として扱えない事実があるのです。 それは、カルナルリモンアゲハはルリモンアゲハが生息している場所にも見られるということです。 同じ場所に2つの個体群が発生していて、それぞれが混ざることなく発生を繰り返している場合、それは種の定義の「自然に交配する」事をしないということになり、同じ種とはならないのです。 話が通じる=交配できる、とすると、日本語という種類があって、それぞれ離れた場所で発展した関西弁や九州弁などの亜種がいます。 関西弁で話す人と、九州弁で話す人は、それぞれ違う方言を持っているけど、お互い通じるので同じ日本語という種ということになります。 一方英語は日本語とまったく通じるものがないので別種ということになります。 それぞれが亜種と思われていたものが、実は別種であったということも起こります。 例えば、アメリカ合衆国西部に生息するカリフォルニアイチモンジは、 Adelpha bredowiという種類で、カリフォルニア州は californica、アリゾナ州は eulaliaという亜種とされてきました。 ところが、メキシコに bredowiと californicaと eulaliaが同じ場所で発見されたため、今ではこれらを別々の種として扱うようになりました。 人間が決めた定義ですので、どう扱うべきか分からないこともしばしば起きます。 例えば、連続した列島などに生息している蝶の場合です。 三つの島があったとして、それぞれに亜種A、B、Cが生息しているとします。 AとB、そしてBとCも交配が可能なのですが、離れた場所のAとCは交配できない場合、AとB、そしてBとCは同じ種類であるのに、AとCは違う種類という矛盾した結論が出てしまいます。 この様に分類は常にいろいろな考え方や発見によって、今後も変化していくのです。 蝶と蛾の違い 蝶と蛾の違いについては、を参照して下さい。 更に詳しい蝶の分類を次のページで見てみましょう。 Prudic, K. , Warren, A. 2008. Molecular and morphological evidence reveals three species within the California sister butterfly, Adelpha bredowii Lepidoptera: Nymphalidae: Limenitidinae. Zootaxa, 1819, 1-24.

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