福岡 ダム 貯水。 小石原川ダム[福岡県]

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福岡 ダム 貯水

経緯 [ ] 福岡市はに伴う都市化が進展し、それに合わせて水需要も増大していた。 昭和30年代には水需要の増加に対して水源の確保が追いつかず毎年のように給水制限が繰り返されていたが、やがて状況は改善され(昭和43年)以降は(昭和50年)を除いて給水制限が実施されたことはなかった。 福岡市内には大きな川がないことから、増大する水需要をまかなうためにダム建設が進められ、をはじめとして久原ダム、南畑ダム、脊振ダム、曲淵ダム、瑞梅寺ダムの6ヶ所が主な水源となっていた。 しかし、これらのダム建設はその他の事業もあって遅延しており、都市化に対して整備が追い付いているとは言えなかった。 また、ダムの貯水率が下がり給水制限の準備に入ると大雨で貯水率が回復するという「」や、他の都市に比べて安価な水道料金が水道事業に対する甘い判断の原因にもなった。 ところが少雨はその後も続き、1978年3月から5月までの降水量が平年の半分以下にとどまったため、ダムの貯水量は減少し続けた。 には渇水対策本部が設置され、危機宣言から10日後の以降、夜21時から翌朝6時までの夜間9時間断水が始まった。 渇水 [ ] 5月 [ ] 夜間断水開始後も雨が降らず、には貯水率が17. 断水のバルブ操作に問題があったことや、短い給水時間内に水道の使用が集中したことによって高台の住宅地や団地では水圧が下がり、約1万9,000世帯では給水時間内にも全く水が出ない状況となった。 市水道局には多数の苦情が寄せられたため、当局は給水車を団地に出動させる対応に追われた。 以降は、の給水車が出動して高台の給水にあたった。 6月 [ ] には16時から21時までの5時間給水(19時間断水)となり、4万世帯以上で全く水が出ない状況となった。 水系からの緊急導水が始められ、が「給水応援隊」の出動を大都市に要請した。 の護衛艦「たかなみ」、掃海艇「てうり」、輸送艦「もとぶ」が水の海上輸送に駆り出され、やからも応援の給水車が派遣された。 には「福岡市渇水対策強化緊急措置要綱」が施行され大規模需要者や高台の地区への給水規制、行政担当者の常駐などの対策が始められた。 においてダムの貯水率は14. 6月10日に梅雨入りの豪雨があり、翌に給水制限が緩和され22時から翌朝6時までの夜間8時間断水となった。 7月 [ ] 貯水量が回復しないままに梅雨が明けて、暑い日が続き水不足が深刻化した。 には給水時間が13時から21時までの8時間に短縮されている。 には給水時間がさらに短縮され15時から21時までの6時間のみとなった。 には寺内ダムのデッドウォーター(取水口から下に溜まった水)をポンプでくみ上げる作業が陸上自衛隊によって始められた。 断水への対応 [ ] 生活 [ ] 市民は水の確保に追われ、バケツやポリタンクに貯めた水を利用する生活となった。 そのため、ポリ容器が品薄となった。 食器を洗う水を節約するために多くの家庭では紙皿や紙コップが使われ、兄弟姉妹で同じ食器を使ったり、1本の水筒を使いまわしたりもした。 福岡市外の知人や親類から水を送ってもらったり、中には医療用のを購入する世帯や事業者もあった。 高台の住宅地では給水車に長い列ができ、一時的に市外へ転居()する人もいた。 教育 [ ] ほとんどの学校でプールでの授業が中止となり、は調理のための水が確保できないことから、やが多用された。 は臨時休校の措置をとった。 産業 [ ] 水道の4割がビルなどで消費されており、一般家庭よりも水の出が良いことから、ビルへの給水制限強化が市民から要望される事態になった。 建物の冷房用として大量の水が使われており、節水のために冷房を停止する建物も多かった。 市内の宿泊施設では申し合わせを行い、客室内でのシャワー利用が制限された。 水を大量に使う飲食店などの中には、トイレでの大便を遠慮する旨の張り紙をした店があったほか 、廃業を余儀なくされる店舗もあった。 また、給水時間中の水道水でも水圧不足で赤サビが混じることがあったため、理髪店ではシャワーの先にガーゼを巻いて洗髪する店もあった。 消防 [ ] 火災発生時にはバルブ操作によって発生地区への給水を回復させることになっていたが、操作が間に合わなくなる恐れがあることから、消防車出動時には水を積んだタンクローリーを追従させた。 交通 [ ] を利用する船舶への給水は、次の寄港地までの航海に必要な最低限の量に抑えられた。 やを結ぶフェリーは、博多港では給水せず渡航先での給水とした。 鉄道への給水も制限されたため、停車駅ごとの給水でダイヤが乱れることもあった。 回復 [ ] 、台風第18号が九州北部海上を通過した。 期待されたほどの雨は降らなかったものの、ダムの貯水率はわずかながら改善され始めた。 には14時半から21時半までの7時間給水へ、には13時から22時までの9時間給水へ緩和されている。 から翌1979年(昭和54年)までの年末年始期間中は特例的に給水制限が解除された。 水不足に対する抜本的な対策としてに全国で初めて「節水型水利用等に関する措置要綱」が施行されている。 2月から3月の降水量は平年よりやや多くのダム貯水率は49. 287日間に及んだ給水制限の全面解除を伝える記者会見で、当時の市長が涙を見せる場面もあった。 その後 [ ] 福岡市の渇水対策の一環で整備された 福岡市では渇水の教訓から節水が強化され、新たに建設・改築された建物の多くでが使われるようになった。 また、、からの取水が強化されるとともに、新たに水資源の開発が行われた。 福岡県は多々良川水系に長谷ダム、猪野ダム、鳴淵ダムの三ダムを新たに建設、那珂川水系では南畑ダムのダム再開発事業を実施してダム湖を掘削して貯水容量を増大させたほか、2018年現在では南畑ダムの上流にを建設している。 さらに九州最大の筑後川水系では江川・寺内ダムのほか(昭和59年)にはを建設。 大堰を経由して筑後川から取水した水を利用できるようにし、遠く水系からも水供給を図るべくを利用。 供給は大幅に改善された。 (17年)には奈多にてセンター「まみずピア」が稼動を開始し、海水から1日最大50,000立方メートルの淡水が供給可能となった。 大きな問題となった高台住宅地の断水については配水制御の高度化と系統間の連携強化による対策が行われた。 福岡市では(平成6年)のの際にも、長期間に及ぶ給水制限が実施されたが、給水時間内の供給は確保されており給水車を出動させる事態には至っていない。 に本社を置くは節水対応型の商品CSシリーズを1976年5月に発売していたが、 これを機に全国へ広まった。 その後同業他社も参入して全国に展開され、現在は節水対応型商品が標準となっている。 ただ中水道(処理水)を利用する場合、一部(手洗い・下半身洗浄用の水と便器洗浄用の水を共通部分から給水するタイプ)で機器の損傷を早めたりひどくしたりするケースがあることから商品選択に注意する必要がある。 参考文献 [ ]• 142-145• 福岡市職員労働組合編・発行『1978年5・6月 福岡市の水不足問題を考える』 (昭和53年)• 福岡市水道局編・発行『福岡市水道70年史』 (平成6年) 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ]• 福岡市 - 福岡市関連主要ダムの貯水率を毎日更新.

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福岡市 きょうのダム状況(テキスト版)

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経緯 [ ] 福岡市はに伴う都市化が進展し、それに合わせて水需要も増大していた。 昭和30年代には水需要の増加に対して水源の確保が追いつかず毎年のように給水制限が繰り返されていたが、やがて状況は改善され(昭和43年)以降は(昭和50年)を除いて給水制限が実施されたことはなかった。 福岡市内には大きな川がないことから、増大する水需要をまかなうためにダム建設が進められ、をはじめとして久原ダム、南畑ダム、脊振ダム、曲淵ダム、瑞梅寺ダムの6ヶ所が主な水源となっていた。 しかし、これらのダム建設はその他の事業もあって遅延しており、都市化に対して整備が追い付いているとは言えなかった。 また、ダムの貯水率が下がり給水制限の準備に入ると大雨で貯水率が回復するという「」や、他の都市に比べて安価な水道料金が水道事業に対する甘い判断の原因にもなった。 ところが少雨はその後も続き、1978年3月から5月までの降水量が平年の半分以下にとどまったため、ダムの貯水量は減少し続けた。 には渇水対策本部が設置され、危機宣言から10日後の以降、夜21時から翌朝6時までの夜間9時間断水が始まった。 渇水 [ ] 5月 [ ] 夜間断水開始後も雨が降らず、には貯水率が17. 断水のバルブ操作に問題があったことや、短い給水時間内に水道の使用が集中したことによって高台の住宅地や団地では水圧が下がり、約1万9,000世帯では給水時間内にも全く水が出ない状況となった。 市水道局には多数の苦情が寄せられたため、当局は給水車を団地に出動させる対応に追われた。 以降は、の給水車が出動して高台の給水にあたった。 6月 [ ] には16時から21時までの5時間給水(19時間断水)となり、4万世帯以上で全く水が出ない状況となった。 水系からの緊急導水が始められ、が「給水応援隊」の出動を大都市に要請した。 の護衛艦「たかなみ」、掃海艇「てうり」、輸送艦「もとぶ」が水の海上輸送に駆り出され、やからも応援の給水車が派遣された。 には「福岡市渇水対策強化緊急措置要綱」が施行され大規模需要者や高台の地区への給水規制、行政担当者の常駐などの対策が始められた。 においてダムの貯水率は14. 6月10日に梅雨入りの豪雨があり、翌に給水制限が緩和され22時から翌朝6時までの夜間8時間断水となった。 7月 [ ] 貯水量が回復しないままに梅雨が明けて、暑い日が続き水不足が深刻化した。 には給水時間が13時から21時までの8時間に短縮されている。 には給水時間がさらに短縮され15時から21時までの6時間のみとなった。 には寺内ダムのデッドウォーター(取水口から下に溜まった水)をポンプでくみ上げる作業が陸上自衛隊によって始められた。 断水への対応 [ ] 生活 [ ] 市民は水の確保に追われ、バケツやポリタンクに貯めた水を利用する生活となった。 そのため、ポリ容器が品薄となった。 食器を洗う水を節約するために多くの家庭では紙皿や紙コップが使われ、兄弟姉妹で同じ食器を使ったり、1本の水筒を使いまわしたりもした。 福岡市外の知人や親類から水を送ってもらったり、中には医療用のを購入する世帯や事業者もあった。 高台の住宅地では給水車に長い列ができ、一時的に市外へ転居()する人もいた。 教育 [ ] ほとんどの学校でプールでの授業が中止となり、は調理のための水が確保できないことから、やが多用された。 は臨時休校の措置をとった。 産業 [ ] 水道の4割がビルなどで消費されており、一般家庭よりも水の出が良いことから、ビルへの給水制限強化が市民から要望される事態になった。 建物の冷房用として大量の水が使われており、節水のために冷房を停止する建物も多かった。 市内の宿泊施設では申し合わせを行い、客室内でのシャワー利用が制限された。 水を大量に使う飲食店などの中には、トイレでの大便を遠慮する旨の張り紙をした店があったほか 、廃業を余儀なくされる店舗もあった。 また、給水時間中の水道水でも水圧不足で赤サビが混じることがあったため、理髪店ではシャワーの先にガーゼを巻いて洗髪する店もあった。 消防 [ ] 火災発生時にはバルブ操作によって発生地区への給水を回復させることになっていたが、操作が間に合わなくなる恐れがあることから、消防車出動時には水を積んだタンクローリーを追従させた。 交通 [ ] を利用する船舶への給水は、次の寄港地までの航海に必要な最低限の量に抑えられた。 やを結ぶフェリーは、博多港では給水せず渡航先での給水とした。 鉄道への給水も制限されたため、停車駅ごとの給水でダイヤが乱れることもあった。 回復 [ ] 、台風第18号が九州北部海上を通過した。 期待されたほどの雨は降らなかったものの、ダムの貯水率はわずかながら改善され始めた。 には14時半から21時半までの7時間給水へ、には13時から22時までの9時間給水へ緩和されている。 から翌1979年(昭和54年)までの年末年始期間中は特例的に給水制限が解除された。 水不足に対する抜本的な対策としてに全国で初めて「節水型水利用等に関する措置要綱」が施行されている。 2月から3月の降水量は平年よりやや多くのダム貯水率は49. 287日間に及んだ給水制限の全面解除を伝える記者会見で、当時の市長が涙を見せる場面もあった。 その後 [ ] 福岡市の渇水対策の一環で整備された 福岡市では渇水の教訓から節水が強化され、新たに建設・改築された建物の多くでが使われるようになった。 また、、からの取水が強化されるとともに、新たに水資源の開発が行われた。 福岡県は多々良川水系に長谷ダム、猪野ダム、鳴淵ダムの三ダムを新たに建設、那珂川水系では南畑ダムのダム再開発事業を実施してダム湖を掘削して貯水容量を増大させたほか、2018年現在では南畑ダムの上流にを建設している。 さらに九州最大の筑後川水系では江川・寺内ダムのほか(昭和59年)にはを建設。 大堰を経由して筑後川から取水した水を利用できるようにし、遠く水系からも水供給を図るべくを利用。 供給は大幅に改善された。 (17年)には奈多にてセンター「まみずピア」が稼動を開始し、海水から1日最大50,000立方メートルの淡水が供給可能となった。 大きな問題となった高台住宅地の断水については配水制御の高度化と系統間の連携強化による対策が行われた。 福岡市では(平成6年)のの際にも、長期間に及ぶ給水制限が実施されたが、給水時間内の供給は確保されており給水車を出動させる事態には至っていない。 に本社を置くは節水対応型の商品CSシリーズを1976年5月に発売していたが、 これを機に全国へ広まった。 その後同業他社も参入して全国に展開され、現在は節水対応型商品が標準となっている。 ただ中水道(処理水)を利用する場合、一部(手洗い・下半身洗浄用の水と便器洗浄用の水を共通部分から給水するタイプ)で機器の損傷を早めたりひどくしたりするケースがあることから商品選択に注意する必要がある。 参考文献 [ ]• 142-145• 福岡市職員労働組合編・発行『1978年5・6月 福岡市の水不足問題を考える』 (昭和53年)• 福岡市水道局編・発行『福岡市水道70年史』 (平成6年) 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ]• 福岡市 - 福岡市関連主要ダムの貯水率を毎日更新.

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ダム名一覧[福岡県] あいうえお順

福岡 ダム 貯水

「福岡県主要ダム貯水状況」の更新について 毎月の1日、3日、6日、9日、11日、13日、16日、19日、21日、23日、26日、29日のデータを当日の午後2時頃に公表します。 上記公表日以外にも、必要と認められる場合には、公表する場合がございます。 (公表日が土日祝日の場合は、翌日に上記公表日と当日の情報を併せて掲載します。 諸事情により更新が遅れる場合がありますのでご了承ください。 ) また、大山ダムは大分県所在のダムですが、筑後地域と福岡地域に水道用水が供給されるなど、本県において重要なダムであるため、運用が開始された平成25年4月1日から主要ダムに追加しています。 日向神ダム、南畑ダム、油木ダム、力丸ダムについては、洪水調節容量(洪水期に備えた空容量)を確保するため、梅雨期、台風期に利水容量が減少します。 利水容量の変更前後では、貯水量にかかわらず貯水率が大きく変化します。 【システム上の注意点】 インターネット閲覧ソフト(ブラウザ)で、以前閲覧した時点の情報が表示されることがありますので、最新の情報に更新(再読み込み)することをお勧めします。 江川ダムについては、小石原川ダムの試験湛水期間中は小石原川ダムに一旦試験貯留された水量を加算して表示しておりますので、実際の江川ダム貯水量とは異なります。 福岡県から節水のお願いです。

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