神田 川 かぐや 姫。 喜多條忠氏によると、1973年(昭和48年)に南こうせつとかぐや姫が出した曲...

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神田 川 かぐや 姫

南こうせつのヒット曲といえば「夢一夜」もあります。 かぐや姫の曲であれば「22才の別れ」「なごり雪」も名曲とされているでしょう。 もともと「神田川」は1973年に出たアルバム「かぐや姫さあど」に入っていた曲ですが、当初は「神田川」の前の「僕の胸でおやすみ」がシングルカットされており、かぐや姫もレコ社関係者も「神田川」をシングルA面として出す予定はなかったようです。 なお、一部では「もういいじゃないか」がA面でB面が「神田川」としてシングルで出す予定が、AB面逆に発売されたという証言もあり、真相はわかりません。 南こうせつが「神田川」を深夜放送で流してリクエストが殺到したそうですが、南こうせつは勿論「かぐや姫さあど」のプロモーションのためにアルバムの1曲として流したのであって、当時、かぐや姫は「僕の胸でおやすみ」のPRに力を入れていたはずです。 「僕の胸でおやすみ」はかぐや姫のシングルとしてはオリコンで72位となり、初めてベスト100位以内に入った記念すべき曲でしたが、その次の「神田川」はシングルカットされると1位に上り詰め、160万枚の大ヒット曲となったわけです。 もし「神田川」があくまでアルバムの1曲に留まって、シングル「僕の胸でおやすみ」でこのグループがブレイクしていたら運命は変わっていたかも知れません。 1973年当時、かぐや姫のファンは「かぐや姫さあど」を買っていれば当然「神田川」を聞いていたはずで、こうせつの深夜放送で聞いても「あの曲だ」と思ってまた手持ちのレコードで聞けばよかったわけです。 「神田川」をリクエストした人はこうせつの番組を聞いて初めて「神田川」を聞いたわけで、アルバムは持っていなかったのでしょう。 つまり以前からかぐや姫のアルバムをちゃんと買っていたファンでなく、レコードを買わないでこうせつのラジオ番組を聞くだけだった中間的な人が「神田川」をリクエストし、LPを買い、シングルを買ってあのヒットになったと思います。 「僕の胸でおやすみ」は1973年7月発売。 「神田川」は1973年9月発売。 この2か月の間、ラジオ局に「神田川」のリクエストが大量に送られ、巷では「かぐや姫さあど」が売れまくっていたのでしょう。 「僕の胸でおやすみ」の売り上げは約25万枚。 「神田川」の売り上げは約160万枚。 どんぶり勘定で約135万人の人が「神田川」でかぐや姫のレコードを初めて買った人たちだったのでしょう。 なお、私個人は「神田川」がヒットした時は深夜放送を聞く年齢ではなく、流行歌にも余り関心はありませんでした。 太田裕美の場合、「木綿のハンカチーフ」が有名ですが、「南風 SOUTH WIND」も名曲で、中森明菜の「SOUTHERN WIND」とは別の曲です。 なおこういう大ヒット曲によるイメージ固定化を嫌った歌手が、初めはその曲を嫌いながら、年齢を重ねると逆にこの曲を一生歌い続けようと思うことはよくあることで、「帰ってこいよ」の松村和子もそのようです。 石川ひとみというと「まちぶせ」だけで語るのはやめてほしいですし、まして尾崎豊というと「15の夜」と「卒業」の歌詞だけで批評するのは短絡的です。 なお「神田川」は東京での若者の生活を歌っていますが「木綿のハンカチーフ」と「帰ってこいよ」は上京した恋人を故郷で待つ側の歌で、「なごり雪」は東京を去る人を見送る側の歌で、逆に東京を離れて帰郷する側の歌が「津軽海峡・冬景色」です。 いずれも色々な歌手が何十年も歌い続けている歌ですね。 いや,「赤ちょうちん」も「妹」も充分名曲ですよ。 世代の人なら誰でも知ってるし今でもラジオでバンバン流れます。 他にかぐや姫では「うちのお父さん」も超・スタンダード曲。 まあ「神田川」はもうただ単に名曲という域を越えた国民的超・スタンダードナンバー。 テレビのゴールデンタイムで「名曲誕生の秘話」的な番組が有ったりすると「神田川」は当然取り挙げられます。 しかし「妹」や「赤ちょうちん」も名曲で大ヒット曲ですがそこまでは取り挙げられないというだけです。 太田裕美でも「木綿のハンカチーフ」は国民的スタンダードで,若い世代はそれしか知らないでしょうが,他に名曲はいっぱい有ります。 「九月の雨」「赤いハイヒール」「しあわせ未満」・・.

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神田 川 かぐや 姫

Last Up Dated:2009. 19 かぐや姫。 1970年、南こうせつ、森進一郎、大島三平の3人で 『南高節とかぐや姫』 (第1期かぐや姫) としてデビュー。 代表作は 「酔いどれかぐや姫」 など。 よみうりテレビ 『全日本歌謡選手権』 にも出場し4週勝ち抜いたが次の週の挑戦を辞退。 シングル3枚とアルバム1枚を残し、1年間の活動で解散。 「酔いどれかぐや姫」 「変調田原坂」 はオリコン100位以内に食い込む。 なお 「酔いどれかぐや姫」 は準レギュラーとして出演していた 『桂三枝のさかさまショー』 (よみうりテレビ) の番組中またはエンディングで3人が十二単 (じゅうにひとえ) 姿で演奏していたものである。 「変調田原坂」 からグループ名が 『南こうせつとかぐや姫』 に変更された。 71年9月メンバーを交代して 『南こうせつとかぐや姫』 (第2期) を結成、シングル 「青春」 でデビュー。 73年9月、シングル 「神田川」 を発売。 深夜放送のリスナーから支持を得て、シングル・カットされたこの曲は、最終的に160万枚を売り上げる自己最大のヒット曲となる。 この年NHK紅白歌合戦に出場の話が来るが歌詞の中の『クレパス』が商標なので『クレヨン』に変更してくれといわれて拒否。 このため出場を辞退した。 「神田川」 に続くシングル 「赤ちょうちん」 (1974年) から、グループ名を 『かぐや姫』 に変更。 75年4月12日での東京神田共立講堂で行われた解散コンサートを最後に、解散。 かぐや姫 アナログシングル &アルバム 1970. 01 A:最後の世界 B:むなしいうた 南高節 デビューシングル 1970. 25 A:酔いどれかぐや姫 B:あわれジャクソン 1971. 05 A:変調田原坂 B:マキシーのために オリジナルヴァージョン 1971. 25 A:ひとり寝のかぐや姫 B:旅情 アルバム未収録 1971. うるわしのかぐや姫 2. 町のうわさのかぐや姫 3. 妻という名のかぐや姫 4. ひとり寝のかぐや姫 5. 酔いどれかぐや姫 6. たそがれのかぐや姫 7. マキシーのために 2. 鳥と魚 3. この海をこの山を 4. あわれジャクソン 5. 涙を忘れずに 6. びっこの少年 7. シングル3枚、アルバムもこの1枚限りでと解散。 1971. 25 A:青春 シングルバージョン B:山椒哀歌 アルバム未収録 1972. 25 A:田中君じゃないか アルバム未収録テイク B:離婚歴三回 1972. 25 海のトリトン/海のファンタジー A. 海のトリトン 作詞:伊勢正三 作曲:南こうせつ B. ABC系で1972年4月から9月オンエアアニメ 『海のトリトン』 のテーマに使用。 須藤リカ 南こうせつとかぐや姫 名義でリリース。 「ウィークエンダー」 の三面記事コーナーレポーター姿が記憶に新しい。 使われたのは初期6回放送分まで。 南こうせつが 当時の回想を交えながら解説を書いている。 「トリトンのアニメ制作発表会が船の上で行われ、手塚先生と対面しました。。 原作を読み返したら、自分たちが書いたテーマ曲との間にギャップを感じた」 南こうせつ談 尚、ヒデ夕樹 ひでゆうき は、78年麻薬所持と使用で逮捕され、1998年12月8日、交通事故で死去した。 このかぐゆ姫バージョンは 『』 に収録されているので音源は既存する。 1972. 青春 アルバムバージョン 2. 雪が降る日に 3. あの唄が想い出せない 4. 僕は何をやってもだめな男です 5. 加茂の流れに 6. ひとりきり 2. マキシーのために 3. 雨が空から降れば 4. 離婚歴三回 5. じんじろ橋 6. ショーヤン、パンダのオリジナルメンバーでのファストアルバム。 南高節、伊勢正三、山田パンダの三人になって鮮烈デビューを飾ったかぐや姫。 吉田拓郎がアレンジャー、ミュージシャンとしてバックコーラスにも友情参加。 拓郎のギター奏法を左で覗いているのは山田パンダと伊勢正三。 1972. 20 A:僕は何をやってもだめな男です B:ひとりきり 別ジャケ 1972. ひとりきり 2. 田中君じゃないか 3. きっぷ 4. 約束です 5. この秋に 6. 少女はいつも 2. 今はちがう季節 3. 好きだった人 4. そんなとき 5. おもかげ色の空 かぐや姫のクリスマス ボーナスシングル 『かぐや姫おん・すてーじ』 のボーナス・シングル。 初回プレス限定特典で、片面ソノシート (ステレオ、約6分40秒)。 当時、雑誌 「ガッツ」 に掲載された広告にも、「かぐや姫のX'masソング・ソノシート」 と書かれている。 クレジットには 「歌と伴奏:南こうせつとかぐや姫・お客さま」 と記載されている。 ステージ上のかぐや姫が観客と一緒に歌っている模様 3人が讃美歌をはもり、続いて 「きよしこの夜」 の流れ を収録したもの。 20 A. ひとりきり/田中君じゃないか B. 1973. 01 A:僕の胸でおやすみ B:アビーロードの街 1973. ぽかぽか日曜日 2. アビーロードの街 3. けれど生きている 4. あてもないけど 5. 黄色い船 6. 神田川 アルバムヴァージョン 2. 遠い街 3.. 突然さよなら 4. 大きな片想い 5. かぐや姫の知名度も不動のものにした画期的なものだったに違いありません。 シングル曲 「神田川」 を出す前にパンダが作った曲「僕の胸でおやすみ」をこうせつがボーカルを取る珍しいケースだった。 「神田川」 は当初シングル化の予定はなかった。 深夜放送で評判となり急きょミックスを変えてシングルカットされた、かぐや姫最大のヒット曲。 1973. 20 A:神田川 シングルバージョン B:もういいじゃないか アルバム未収録 1974. 25 A:赤ちょうちん B:この季節が変われば 1974. 人生は流行ステップ 2. 22才の別れ 3. あの日のこと 4. 南風知らん顔 5. 君がよければ 6. 雨に消えたほほえみ 2. うちのお父さん 3.. なごり雪 4. おまえのサンダル 5. この季節が変われば 6.. こうせつ、正ヤン、パンダさんとそれぞれが作詞・曲をしたり、またコンビを変えたりなんかもしていた頃ですね。 正ヤンが初めて作曲したとされる「なごり雪」や「22才の別れ」も最初はアルバムだけの楽曲でした。 全曲がシングル・カットされてもおかしくない名曲揃いです。 1974. 20 A:妹 B:夏この頃 アルバム未収録 1974. うちのお父さん 2. 僕の胸でおやすみ 3. ペテン師 4. 加茂の流れに 5. 君がよければ 6. カリブの花 7. 妹~海 2. 星降る夜 3. 置手紙 4. 眼をとじて 5. あの人の手紙 6. アルバムに収録されたステージ (大阪厚生年金会館ホール) における演奏で、 「大阪のお嬢さん」 が道端に落ちているカリントウに語りかけるという 笑 内容。 リード・ボーカルつまり即興の中心人物は南こうせつで、彼のアドリブの技量およびエンターティナーとしての才能が十分に発揮された傑作。 21 、大阪厚生年金会館ホール 1974. 23 で収録。 1975. この秋に 2. 君がよければ 3. ひとりきり 4. ペテン師 5. 赤ちょうちん 6. マキシーのために 8. あてもないけど 9. うちのお父さん 10. 眼をとじて 11. 加茂の流れに 12. 僕の胸でおやすみ 14. 神田川 15. 雪が降る日に 16. おもかげ色の空 17. こもれ陽 18. 突然さよなら 20. 22才の別れ 21. あの人の手紙 22. アビーロードの街 23. なごり雪 24. 黄色い船 25. 妹 26. 1978. 遙かなる想い 2. わかれ道 3. 赤い花束 4. 麦ふみ 5. 春の陽だまりの中で 6. きらいなはずだった冬に 2. 幸福のメニュー 3. 笑いしゃんせ泣きしゃんせ 4. おはようおやすみ日曜日 5. 湘南 夏 6. シングルカットされた曲はないが、どれも名曲。 再結成に際し、告知PR 右のリーフ・クリックで拡大します が配布され、当時の状況が把握できる。 1981. アルバム未収録バージョンを含むスタジオ録音全61曲を2枚組 3セットにしてボックスでリリース。 1981. 1984. 1984. 20 神田川/赤ちょうちん 1984. 20 妹/僕の胸でおやすみ 1985. 1996. これ以外は 78年5月の横浜スタジアム Todayコンサート 2000. 「青春の傷み」 はTVドラマ 『熱血!周作がゆく』 の主題歌。 2000. 22 かぐや姫 ベストドリーミン・コンサート 1. 現役時代さながらの、力のはいったステージが存分に堪能できる。 2001. 01 かぐや姫メンバーズ大全集 BOX クラウンよりリリースされた、かぐや姫、南こうせつ、山田パンダ、風の 全オリジナルアルバム+特典CDの22枚組。 山椒哀歌 2. 田中君じゃないか スタジオ・レコーディング 3. 神田川 シングルバージョン 4. もういいじゃないか 5. 夏この頃 (以上、かぐや姫) アルバム未収録バージョンの特典CD 2003. 24 1. 青春 (アルバムバージョン) 2. アビーロードの街 3. けれど生きている 4. ジャケット写真は、デビューシングル 「青春」 の撮影セッション。

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神田川(昭和48年)南こうせつとかぐや姫

神田 川 かぐや 姫

映画のストーリー 結末の記載を含むものもあります。 大学の人形劇サークルに所属している上条真は、巡業先で顔を合せた少女のことが忘れられなかった。 その少女との再会は偶然に訪れた。 少女の名前は池間みち子、印刷場に勤める貧しい少女だった。 二人の偶然の再会は、翌日神田川上流の散策を約束するまでに発展し、料亭の下働きで娘に金をせびる母を持つみち子、アルバイトをしながら自己の主張を人形劇に託して行動する真、そんな貧しい二人の心に、いつしか愛が生まれていった。 そんなある日、真は、みち子をモデルに書き上げた「新かぐや姫」が仲間には不評だったり、エリートコースを辿っている兄から、彼の生き方を強く誹謗した手紙が届いたことから、酒に酔い、その勢いでみち子のアパートへ向った。 完全に理性を失った真は、無理矢理にみち子を犯そうとするが、彼女は頑強に拒んだ。 真は後悔の念を残し、北陸の巡回公演に出発した。 公演は大成功たった。 そして、その夜、みち子が真に全てを与えるために北陸の地まで追いかけて来ていた。 燃え上る焚火の炎の中で二人は結ばれた。 やがて、真とみち子の同棲生活が始まり、みち子は妊娠した。 だがそれを知った真の兄は、検診と偽り、友人の医者のもとにみち子を連れ出し、強引に中絶を敢行した。 真はサークルをやめた。 二人の生活を守るために働かなくてはならなかった。 だが、焦燥と貧困の中に、二人の生活を学業をなげうってまで働く真を見ることは、みち子には耐えられなかった。 そんな時、サークルの仲間であるビゼンとマキシが雪山で心中した。 ビゼンはみち子への、マキシは真への、それぞれの愛を遂行できなかったために死を選んだのだった。 二人の遺体を見ながら、みち子はいつか真と離れなければならない自分の運命を悟り、真の「二人で生きよう……」との言葉にも、涙にぬれる顔を横にふり続けるだけであった……。

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