適当に生きる。 適当に生きるコツを知って人生を楽にする方法|みちの道

適当に生きることは全く問題無いどころか、社会にとって価値がある

適当に生きる

適当とは、ある条件・目的・要求などに、うまくあてはまること。 かなっていること。 ふさわしいことです。 状況によっては、いい加減という意味と同等に取られます。 しかしいい加減という意味も、ちょうどいい加減という意味なので、 過不足がないという意味になります。 過不足がない事が適当という事です。 私は適当主義です。 そして反社会的性格でもあります。 あまり大して特技もありません。 そんな私でも今までなんとか生きてきました。 実はそれなりの収入もありますし、いろんな所で、 結構大きな講演での基調講演も行って来ました。 本書は成功するための方法を説いている訳ではなく、 適当に生きて、ワクワク楽しく生きようという主旨の書です。 適当であると何が良いのかと言えば、 適当な人の方が好かれるし、ストレスも溜まりません。 適当な方が仕事の量は減ります。 適当に生きていれば仕事やお金は勝手に向こうからやって来ます。 どんな形であれ。 適当力とは人間力であり、総合力です。

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もう人生疲れた【真面目に生きる損ばかり】適当でいい/なんとかなる!僕の話

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適当に生きるメリット では、適当に生きるメリットってなにがあるのでしょうか。 以下の適当に生きるメリットを7つご紹介します。 自分らしくいれる• 時間に縛られない• ストレスが減る• 好きなことが出来る• ポジティブ思考になる• 自信がつく• ルールに縛られて守って行きていくことも大事ですが、やはりルールは窮屈なものもあり自分らしさも発揮できないこともあります。 自分らしさを大事にして、他人の意見に振り回されずいい意味で自己中に生きるということです。 自分らしくいれるため、肩の荷がおりて気持ちも楽になります。 例えば、田舎に住んで自給自足の生活をしたり、雇われていた仕事をやめて、自営業になったりすることで自分で時間を設定したりルールを設定したり出来るため、 時間に縛られることが少なくなります。 一般的に社会生活の中で、時間を守ることは大前提ですし、とても大事なことで信用にもかかってくるようなものですが、適当に生きるということで時間を気にしすぎず生きることができます。 日常生活で適当に生きることは、ストレスを軽減する生き方と言えるかもしれません。 真面目にルールを守って規則正しく生活することは大事ですが、疲れてきてしまうし自分の気持ちを制限してしまうということもあるのかもしれません。 自分らしく生きるということは、ストレスが減り、 精神的にも落ち着けるはずです。 普段の生活でも好きなことは出来るかもしれませんが、適当に自分の気持と向き合うことで、自分が楽しいと思うこと、自分がしたいと思っていることを 心から楽しむことができます。 また、自分の好きなことに対してたっぷりの時間を使うことで、思考もポジティブになりより自分らしさが見つかるのかもしれませんね。 ちょうどいい頃合いの適当さでいることは、心にも余裕がありますよね。 例えば、 「まぁいっか」「なんとかなるさ」といったような考え方です。 もちろん、失敗などをしないように予めきちっと準備したりすることも大事ですが、そこで悲観的になりすぎず「なんとかなるさ」とポジティブ思考でいることが適当に生きるということに繋がります。 しかし適当に生きることは、自分らしさを追求していくということ。 好きなことや楽しいことをたくさん突き詰めていくことで、自分のことをより理解することができます。 自分を理解できるということは、自分に対しての自信が付きます。 自分のベースがしっかりしていることで自信がつき周囲に惑わされずに適当に生きることができるんですよ。 また、自分の気持ちに正直に生きていくということです。 普段の生活では、仕事などで自分のしたくないことを我慢していたりすることもあるかもしれません。 しかし適当に生きることは、自分の気持ちに正直になることで、強がったり卑屈になったりとひねくれたりする必要がありません。 自分の気持ちを 押し殺していることは、ストレスにも繋がっています。 心も軽くなりますよ。 適当に生きてる人の心理 適当に生きてる人の心理ってどのようなものなのでしょうか。 以下の適当に生きてる人の心理を3つご紹介します。 嫌なこと嫌いなことはしたくない• 「なんとかなる」とポジティブ• そのため、適当に生きる人は嫌なこと嫌いなことはなるべくしたくないと考えています。 もちろん、どうしてもやらなくてはならないタイミングなどがあればしますが、基本的には自分の気持ちを優先して嫌なことや嫌いなことをしなくていいような段取りをします。 嫌なこと嫌いなこと、不安なこともありますが、基本的には自分の好きなものや楽しいと思うもの、自分がしたいと思っていることなど直感に従っているため、ネガティブになったり、マイナス思考になることは少ないのです。 また、なにか問題が起こったときなども適当に生きてるからこそ、それを選んだ自分の責任です。 他人のせいにしたりすることなく、 自分で選んだからしょうがないと受け入れることが出来るポジティブさがあります。 適当に生きるということは、 自分の直感を信じるということで、必然的に自分を受け入れることが必要です。 そのため適当に生きている人たちは自分を信じています。 また、自分の力量などをしっかり把握しています。 適当に生きることができない人の特徴 適当に生きることが出来ない人にあてはまる特徴とはどのようなものがあるのでしょうか。 以下の適当に生きることが出来ない人にあてはまる特徴を3つご紹介します。 人を信じない• 神経質すぎる• 完璧に自分以外の人物をシャットアウトして生きていくことは難しいです。 物事に対して心配しすぎていたり懐疑的であったりする人をあまり信じることができない人は適当に生きることが難しいのかもしれません。 適当に生きることは、ある程度の 柔軟な考え方が必要になります。 神経質すぎたりすると、他人だけでなく、適当な自分のことが認められず「〇〇すべき! 」という考えから逃れることができません。 また、神経質すぎたりする人はその考えを他人に押し付ける傾向もあるため、適当に生きるには向いていないのかも。 適当に生きるということは、自分を認めることだけでなく他人も認めることになりますよね。 見栄を張るということは、自分を素晴らしい存在だと周囲に見せなくてはいけません。 適当に生きるということはその反対で、ありのままの自分を認めるということ。 他人と比べていたり、 他人からの評価を一番に考えている見栄っ張りな性格は適当に生きることができません。 適当に生きることができない原因 では、適当に生きることが出来ない原因とはなにがあるのでしょうか。 以下の適当に生きることができない原因を3つご紹介します。 行動力がない• 嫌われたくない• しかし行動力がなかったり、ここぞというときに勇気が出ないままだと、結局は誰かの言うとおりに生きたり、周囲に合わせて生きているということになるのかもしれません。 失敗するかも、ダメになるかもと心配して行動できなくなる気持ちもわかりますが、悩んでいたところで 誰も自分の代わりに行動をしてくれません。 適当に生きるには、思い切った行動力も必要です。 誰かに嫌われて、認められないということは実際に辛いことです。 しかし、嫌われたくないために周りの顔ばかり伺っている人は、 ありのままの自分を認めて適当に生きることができません。 適当に生きてみようとする考えに到達することが難しいのかもしれません。 劣等感というのは、他人から自分が駄目なヤツだと思われている、「自分なんかダメだ…」と思いこんでしまっている状態。 自分なんかと自分を卑下してばかりいるときに、 己の直感を信じて適当に生きることは難しいです。 他人と比べられた経験により劣等感を強く感じることもありますが、劣等感を感じる感じないは結局は自分の意志であり、自分から他人と比較しているのです。 適当に生きる方法 では、適当に生きるにはどうしたらいいのでしょうか? 以下の、適当に生きる方法を10つご紹介します。 自己中になってみる• 好きなものを見つける• 楽しいことを追求する• 予定を詰め込まない• 直感を信じる• 他人の目を気にしない• 悩みのタネを減らす• 他人に依存しない• 完璧を求めない• 多くの人が知らず知らずのうちに他人を気にしすぎて誰かのために生きてしまっています。 適当に生きるには、自分のために生きるという自覚が大事です。 自分のことを中心に物事を考え、自分のために生活をしていくことが大事。 自分にとって何が居心地がいいのか、それがわかってくると自然に気持ちも明るくなってきます。 好きなものや楽しいことを考えているときは、思考もクリアでネガティブになることも少ないです。 自分がどんなものを好きで、どういうときに 居心地が良いと感じるのかそれをしっかりと見つけていくことが適当に生きることに繋がります。 ただ、居心地のいいことを見つけても、見つけただけで終わるのはもったいない。 楽しいことなどがあるのならばそれについてとことん突き詰めていきましょう。 自分が楽しいと思うものはとことん追求して自分のモノにしましょう。 好きなモノ楽しいことを極めていくと新たな知識が付きますし、そうやって知っていくことでまた新しい考え方なども身についてきます。 また、楽しいことをしていくことで気持ちが明るくハッピーになり、より自分を好きになれるのではないでしょうか。 休日など予定が詰まっていないと落ち着かないという人もいますが、適当に生きてみたいのであればその日の気分に合わせて何をするかを決めるというのも大事。 自分がどうしたいか、 自分が何をしたいかということに向き合うことが大事です。 適当に生きるということは、自分の考えや直感に従って生きていくということ。 楽しいことを見つけたり好きなものをもっと好きになったりすることも、 自分と向き合って自分を知ることに繋がっています。 自分の直感に従って行動してみるということも大事です。 自分の生活は、 自分で作るものです。 他人の目を気にしすぎず、堂々と自分らしくいることが適度に肩の力が抜けてリラックスできますよ。 まずは、今現在悩みがあったり心配事がある場合はそれを 少しずつ解消していきましょう。 また、すぐには解消したり解決できないとしても、その問題としっかりと向き合っていくことが大事です。 適当に生きるということで問題から逃げてしまうのは、あとからそのしわ寄せが来て大変になってしまうだけです。 少しずつでも解決方法を探したり悩みのタネを減らしておくことがおすすめです。 誰かに強く依存して生活していくことも楽ですが、ふと一人になったときに行動することができなくなってしまいます。 適当に生きていくということは、誰にも縛られず、自分の好きなように生活していくことでもあります。 他人に依存して行動しているときは気づきませんが、実際に一人で行動するときに行き詰まってしまったりすることもあります。 自分ひとりでいざ行動を起こすことは難しいかもしれませんが、誰かに強く依存したままですと他人任せに生きることになってしまいますよ。 もちろん、完璧に物事をこなすことが出来るのであればそれでもいいのですが、たまには 力を抜いてみるのも大事です。 また、完璧主義の人などは自分のことだけでなく他人にも同じように求めがちです。 完璧ではなく、たまには肩の力を抜いてみることで緊張感が溶けて居心地の良さを感じれるかもしれませんよ。 自分は自分、他人は他人としっかりと区別して認めることが大事。 普段生活していると他人の不甲斐ないところが見えてしまうと指摘したくなることもあるかもしれません。 しかし、その人はその人なりに考えて行動をしているため、よほどのことではない限り口出すことではありません。 他人を認めるということは、いい意味で周りを気にしないということですよ。 いつもの生活にちょっと疲れたなって思ったり不安になったときに読みたい本。 「いいかげん」に生きることの大事さを教えてくれる本で、一生懸命で 真面目すぎる人ほど手にとって見て欲しい一冊です。 自分が思っているよりもルールや常識などにとらわれすぎていることに気づくことが出来るかもしれません。 作者は、心理カウンセラーの心屋 仁之助です。 本の内容は、不安になってしまったときの気持ちの落ち着かせ方について書かれています。 また、自分の不安になってしまう原因の見つめ方などが掲載されています。 適当に生きるには自分の気持ちと向き合っていくことが重要でそのヒントを見つけることが出来るかもしれませんね。。

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適当に生きると人生が楽になる!心に適度な境界線を引く方法

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適当に生きる。 真面目をやめて人生をいい加減に生きる。 海外に行くと外国人のテキトーさに驚かされる。 日本人が思う以上に外国人は適当に生きているのだ。 台湾在住8年目の今でも「いい加減すぎるだろw」と笑ってしまうことがよくある。 日本人からすると「適当=悪いこと」という図式が成り立つ。 でもわたしはそうとも限らないと思うんだ。 絶対に外してはいけないポイントさえ守ってれば、あとは力を抜いてもいい。 なにも全てのことを常に全力で頑張る必要なんてないのだ。 というわけで今回は、わたしが海外で見た「適当に生きている外国人」を紹介していく。 この記事を通して「外国人はこんなに適当に生きてる」ということが伝われば嬉しい。 関連記事:• はじめに。 真面目はいいコト。 でも時には真面目をやめることも必要。 最初に断言しておくが、真面目はいいコトである。 真面目を否定するつもりは1ミリもない。 ただ、真面目で律儀な人は、ときに自己犠牲的であり、ストレスを溜め込みやすい。 ・責任感がある ・時間やルールを守る ・誠実・ウソをつかない ・他人に気持ちよく過ごしてもらうため頑張る どれも素晴らしいことだが、同時に「うわ〜、疲れそう」とも思う。 自分の能力値やキャパの範囲内のうちはまだ大丈夫だろう。 でも自分のキャパを超えてしまうと何かの病気になってしまう危険性がある。 このあたり、外国人は自分のキャパとうまく付き合いながら生きている。 ストレス大国・ニッポンからすると、外国人は人生の先生と言えるのだ。 ロンドンのカフェの店員さん お客さんが減ったタイミングで、スタッフさんたちがテーブル席で休憩しはじめた。 まだまだ勤務時間内だけど、商品のコーヒーを飲んでスマホ見ながら談笑しているのだ。 これ、日本だったら「けしからん!」とかいう意味不明な理由で店にクレームが来るだろう。 しかも挙げ句の果てには「こんな店にはもう2度と行きません!」とか言われそう。 スタッフが休憩したからってコーヒーが高くなったり不味くなったりしないし、居心地が悪くなることもないからね。 個人的には別にこれぐらいいいと思うんだけど、日本だったら許されないのが現実。 うーん、日本の店員さんも笑顔で美味しい料理を作ってくれさえすればそれでいいと思うんだけど・・・。 次に、ロンドンのバス乗り場。 上裸の男 上裸の男が地下鉄に乗っていた。 もちろん上着は持っておらず、このファッションでのお出かけの様子。 本人はドラッグをやってる感じもしないし、挙動はいたってまともだった。 周りの人もいい意味で無関心で、全然気にしていなかった。 極論言うとさ、地下鉄に上裸の人がいても全然実害ないんだよね。 深い事情は知らないけど、他人が上裸とか自分に全然関係ないし。 笑 アメリカに住んだことのある有名なYouTuberが、 「アメリカはいい意味で他人に無関心。 日本は悪い意味で他人に関心ありすぎ。 」 と言っていた。 これはアメリカやイギリスだけじゃなくて、わたしが今住んでる台湾も同じかな。 というわけで次はドイツにあったスイーツの屋台での出来事。

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