アマビエ 翻刻。 これはステキ!先人が残した地震史料の古文書をみんなで協力して解読「みんなで翻刻 」

【江戸文学】うきよのおはなし【くずし字】

アマビエ 翻刻

1970~1979 66• 1980~1989 120• 1990~1999 128• 1990 12• 1991 12• 1992 12• 1993 12• 1994 12• 1995 15• 1996 11• 1997 18• 1998 12• 1999 12• ndl. 29 5 337 出版者 芸術現代社 出版年月日 1999-05 請求記号 Z11-624 書誌ID(国立国会図書館オンラインへのリンク) DOI 10. ndl. ndl. 印刷時の画質は印刷調整画面で調整してください。

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アマビエ様という日本の妖怪についてうんちくを語るよ

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先週の金曜日、群馬県立図書館で『赤城詣』(昭和8年翻字)を閲覧し、そこで分かったことを、「」というタイトルでまほろぐにアップしました。 その後、源さんの後輩さんから、『赤城詣』は戦前の雑誌『上毛文化』に翻刻されているらしいという情報を頂きました。 『上毛文化』は昭和57年に国書刊行会から復刻されており、それは勤務先に所蔵されていました。 また、『赤城詣』のことは、『上毛古書解題』(昭和54年1月、歴史図書社刊)に記述があるらしいので、これも見る必要があり、今日また県立図書館に行ってきました。 『赤城詣』は『上毛文化』の昭和18年3月号に附録として全文が掲載されていました。 『赤城詣』の翻刻の前に解題が付いています。 末尾に「(雲外)」とあります。 これは先週県立図書館で閲覧した『赤城詣』(昭和8年翻字)を翻字した佐藤雲外子のことと思われます。 原本が行方不明である今、どちらが原本の姿なのかは決めがたいものがあります。 今日、県立図書館に行ったついでに、昭和8年の翻字をもう1回見てみましたら、明らかに「耋」でした。 この本は、著者別50音順に著書の解題が排列されています。 書名索引はないので、著者名から検索するしかありません。 『赤城詣』の著者名を「一徳斎」としか憶えておらず、苗字をど忘れしていました。 仕方がないので、頭から見て行きました。 一徳斎の苗字は「奈良」でした。 だいぶページをめくってやっと見つかりました。 「和田」や「渡辺」などでなくて良かったです。 『赤城詣』には、昭和8年の翻字にも、昭和18年の翻刻にも「天保十二辛丑年晩冬雪日」とありますので、天保十二年が正しいものと思われます。 干支も合っていますし、「晩冬」ということですので、天保十一年から十二年にかけてということもありません。 ただ、この本には、「孔版半一冊一五丁」とあるのが気になります。 先週閲覧した昭和8年の翻字は、表紙ともでまさに15丁です。 この本は翻字原本ではなくコピーなのですが、その字を見る限り孔版のようには見えませんでしたし、翻字原本は前橋市立図書館の罫紙に書かれています。 孔版だとすると、それを罫紙に印刷するだろうかという点が疑問です。 なかなか全てが解決には到りません。 それはほぼ良いように思われます。

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アマビエ

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2020. 19 こんにちは。 1年国語を担当する志田久子(しだ・ひさこ)です。 この何か月か、以下の画像(がぞう)を目にする機会がたびたびありました。 kulib. kyoto-u. 肥後国海中に毎夜光物出ル 所之役人行 見るニ づの如し者現ス 私ハ海中ニ住アマビヱト申 者也 當年より六ケ年之間 諸国豊作也 併 病流行 早々私ヲ写シ人々ニ見せ候得と 申て海中へ入けり 右ハ写し役人より江戸え 申来る写也 弘化三年四月中旬 確かに画像の二行目の下に「アマビヱ」という文字が読めます。 みなさんは翻刻(ほんこく)されたものを見て、書いてあること(内容)がなんとなくわかりますか?(ちょっと国語っぽくしてみました。 ) 上記の京都大学のサイトに行くと、関連資料(かんれんしりょう)として「明治妖怪新聞(めいじ・ようかいしんぶん)」(湯本豪一編)があり、こちらもおもしろそうです。 こちらは「ゲゲゲの鬼太郎」の作者として有名な水木しげるさんが描いたアマビエの原画を、水木プロがツイッターで公開したものです。 水木さんの手にかかると元の絵がこのように生まれ変わるのですね。 そして、私たちがこれからも毎日心掛(こころが)けていきたいことが、これです。 こちらも『鬼滅の刃』公式ツイッターで公開されていました。 18日 月 で本誌連載は最終回のようですが、作品が与えてくれた感動が私たちの中に生き続けるように、「手洗い!うがい!マスク着用!」は忘れずに守り続けたいですね。 さて、本日の時間割です。

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