やがて 満ち て くる 光 の。 存在の軌跡を伝える航行灯――梨木香歩『やがて満ちてくる光の』

存在の軌跡を伝える航行灯――梨木香歩『やがて満ちてくる光の』

やがて 満ち て くる 光 の

梨木香歩さんの新刊もう1冊。 今度はエッセイ集です。 初期 大体1998年頃 から、現在までのエッセイを集めた本です。 梨木さんのエッセイは好きですが、いちいち掲載された雑誌をチェックしているわけではないのでありがたいです。 短いエッセイが多く、内容もバラバラですが、その時の作品に関係する内容が多く、梨木さんのこれまでの作品を読み直したくなります。 梨木さんは普段こんなことを考えているということも感じられます。 エッセイの内容で多いのは自然のこと、旅のこと。 自然のことに関しては、梨木さんは普段から身の回りの自然をよく見ていて、植物のことも熟知しているのだなと思いました。 作品の中にも様々な自然や植物の描写がありますが、それは梨木さんの日常の生活から生まれたもので、作品のためにやっているわけではない。 作品に梨木さんのライフスタイルが表れている。 身近な植物も食べられるとわかれば摘んできて料理する。 その表現がとても豊かで、自然や植物が梨木さんの原動力であり、梨木さんの作品をつくっているのだなと思う。 旅に関することでは、スウェーデンも出てきて、北欧好きとしてテンションが上がった。 エーランド島にあるリンネ研究所に偶然立ち寄り、ちょうどフィーカ コーヒー休憩 の時間だからと見学させてもらった。 蚊やハエなどの翅のあって飛ぶ昆虫を採取して、自然環境の変化を調べているという。 以前観た、「香川照之の昆虫すごいぜ! 」のNスペ版「昆虫やばいぜ! 」の内容を思い出した。 ドイツでの研究で、地球環境が変化して、どんどん昆虫が減っているという。 昆虫は受粉には欠かせない。 花が受粉できなければ植物はなくなってしまい、それを食べる草食動物も死ぬ。 食物連鎖がどんどん崩れる。 動物の死骸を分解してくれる昆虫がいなくなれば、腐敗した死骸で疫病が蔓延する。 そんな内容だった。 このリンネ研究所でもそんな研究をしているのだろう。 何かの研究をしている人、何かに夢中になっている人の話を聞くのは本当に面白い。 面白かったのは「繋がる」。 私も、何か物事が繋がると面白いと思うが、その繋がる感覚は主体的なもの、人間が、その個人が考えたことである。 こういう考え方もあったのかと思う。 この場合あくまで自分が主体となって複数の客体がいろんな「ご縁」で繋がっていることを確認することに喜びがあるのであって、自分自身が客体となっていることにはさほど達成感はない だろう、それは。 トチノキもホース・チェスナッツも、それぞれ他に繋がっているなどという意識なく、毅然として個を生きているのだから。 「繋がる」は自動詞であり、その事象を見ている自分は観察者として全体から遠いところにいる。 他動詞「繋ぐ」の主語が、客体と直接関与している潔さに比べると、そのスタンスは遥かに後ろめたい。 284~285ページ 「今」読むと、心をグッとわしづかみにされるエッセイもあります。 梨木さんの文章は、自分が見失っている何か、忘れていた何かを思い出させてくれます。

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・・・ やがて満ちてくる光の ・・・ : コラージュな日々

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やがて満ちてくる光の 梨木香歩 私が梨木さんの本に出合ったのは40歳を過ぎていたと思う。 「西の魔女が死んだ」をはじめに「裏庭」「沼地のある森を抜けて」など数冊。 エッセイとしては「ぐるりのこと」などを読んだ。 いやぁ~・・・なんというか「好き」なんだ。 憧れているという感じか。 でもその憧れの距離が遠すぎてとうてい届かないのだけど 彼女のように生きたいと思う。 地に足をつけて、 澄んだ眸(ひとみ)と穏やかな心で物事を見つめ、 ブレず媚びず迎合せず、自分を大切にしながらも声高に主張をしない。 自然に溶け込むように日々淡々と生きる……。 (ある方の梨木さんへの思いを引用させていただきました) 人として生きていることへの聡明な洞察は、何事も奥深くそして柔らかい。 紡ぎ出される言葉はなめらかで且つ くるいが無い。 「やがて 満ちてくる 光の」 このタイトルを胸に想うだけで 内にある光が静かに放たれる・・・ 梨木香歩さんが好き! と言う自分が好きだ。 と思えた本だった。

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やがて満ちてくる光の

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たしかな言葉を伝えたい。 今いる場所から、見て、感じて、歩いて、考え続けたい。 デビューから現在まで、梨木香歩の25年の作家人生を映し出すエッセイ。 【「TRC MARC」の商品解説】 『西の魔女が死んだ』でのデビューから現在まで、25年の作家人生を映し出すエッセイ集。 森を歩き、鳥を観る。 きのこの生命に学び、人の未来を思う……物語を育む日常の思索を綴る。 「この文章が、いつか生きることに資する何かになってくれたら。 受け手があって読んでくれて、初めて物語は完成する。 作り手を離れ、そこから紡がれていく何かがあると思うのです。 じっくりじっくり読んだ。 何かの時に「ひたひたと考えたい」というようなことを書かれていたけれど、これまでもこれからもずっとそのひたひたが紡がれているのだなぁと感じた。 0か100、白か黒かではない思考。 「自分と同じ行動をとらないからと言って、人を責めることがあってはならない」と言い聞かせているというその柔らかさが今、重要さを増している。 風力発電とバードストライクを取り上げたエッセイで出てきた獣医師の齋藤さんから聞いた言葉が心に刺さった。 憂えているけれど、否定はしない。 否定したらそこで止まってしまうから。 否定せず、開発・調査の進展を、可能性を残す。 そういう思考、姿勢を私も見習いたい。 ひたひたと考え続けたい。 これもまた何度も何度も読み返すことになる1冊となる予感がする。 センシティブな話題もあるので私は(まだ)そこに着地したくないな、と思うこともあるのだけど、どれも素敵な文章だった。 短いと2ページくらいの文章、でもその一つ一つを読むたびにいろんな思いが沸き上がってきて、いちいち読む手が止まってしまう。 脳が勝手に本に向かって会話をしている。 お話全部に感想を書きたくなるくらい。 「読む人にとって生きることに資する何かであってほしい」「いい土壌になったりして」とおっしゃっているけど、私にとっての梨木さんの作品は子供の頃からずっとずっとまさにその何かなんです、と叫びたかった。 どう生きていくのか、どう向かい合うのか、という問題に、はっきりこうだよと言うでもない、ぼんやりした方向性みたいなものが優しく提示されていて、でも目指したいところはきっとその先にあるだろうとはっきり信じることができた。 たぶんまた何回も読む。

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