灰色と青歌詞。 米津玄師と菅田将暉の共演曲『灰色と青』の意味

米津玄師 灰色と青 ( + 菅田将暉) 歌詞&動画視聴

灰色と青歌詞

チャート順位• 3位()• 1位(Top Download Songs)• 34位(Billboard Japan Hot 100 Year End) 『 』 収録曲• かいじゅうのマーチ• Moonlight• fogbound(+)• ナンバーナイン• 爱丽丝• Nighthawks• 打上花火• 灰色と青(+) 『 』 収録曲• いいんだよ、きっと• ピンクのアフロにカザールかけて• 風になってゆく• スプリンター• ゆらゆら• 浅草キッド• 灰色と青 [+菅田将暉]• ばかになっちゃったのかな• 雨が上がる頃に ミュージックビデオ - 「 灰色と青」(はいいろとあお)は日本のミュージシャンによる楽曲。 米津の4枚目の「」の先行リリースとして2017年10月11日よりでリリースされ、その後11月1日にアルバムがリリースされた。 楽曲は俳優のをゲストボーカルに迎えて制作され、彼のミュージシャンとしての1枚目のアルバム「」にも収録された。 フィジカル、音楽配信の曲目では「 灰色と青(+菅田将暉)」と表記されることが多い。 背景 [ ] 「灰色と青」はにリリースしたシングル「ピースサイン」以来4ヶ月ぶりとなるが、との共作シングル「」、ハチ名義でを使用してに配信開始した「砂の惑星」を含めるならば、約2ヶ月ぶりという短いスパンでのリリースである。 楽曲名が公表された当初、各種メディアでは「灰色と青(?)」と括弧の内容が隠されており、10月10日に開催されたイベント「『BOOTLEG』プレミアム全曲先行試聴会」において菅田将暉の楽曲への参加という情報が解禁された。 同イベントではが監督した楽曲のミュージックビデオが披露され、配信開始と同時にYouTubeへ映像が公開された。 楽曲の制作において、米津は北野武が監督した映画「」が重要なモチーフとなったと語っている。 とりわけ劇中で2人の主要人物が別々の道を歩み最後に迎合する構図は米津に「いつかこの映画のような音楽を作りたい」という意欲は以前から刻んでいた。 このため楽曲の歌詞には学生時代や青春の記憶が多々描写されている。 アルバム「BOOTLEG」は米津が影響を受けたミュージシャン、創作物、またタイアップやコラボレーションを果たしたタレントらに対するオマージュが重要なコンセプトとなっており、この一環で楽曲には俳優のがゲストボーカルとして招かれた。 米津は映画「」をきっかけに菅田の存在を知り、以後「」「」など知人が監督を務める映画への出演や、自身が主題歌に携わった「」など偶然の接点がある彼の印象を強く持っていた。 こういった偶然から、日常で稀に起こる「奇跡的な瞬間」を菅田と共に楽曲内で表現できるのではないかという意欲から、米津サイドから菅田へコラボレーションを依頼したという。 ミュージックビデオ [ ] 「灰色と青」のミュージックビデオは、映像作家の山田健人が監督を務めている。 山田はかつて「」のミュージックビデオを手がけており、米津とのコラボレーションは今回が2度目であった。 映像は朝方、夜間の東京都内某所の公園を中心に撮影された。 映像は米津と菅田が出演しているが、別の時間帯に同じ場所にいたというすれ違いがテーマになっており、両者は一切出会わない構成になっている。 完成したミュージックビデオはに開催された「『BOOTLEG』プレミアム全曲先行試聴会」にて初めて公開され、その直後に米津のへアップロードされた。 それから約24時間で100万回再生を突破、現在は1億4千万回に至る高い視聴回数を記録している。 チャート成績・批評 [ ] チャート成績 [ ] 「灰色と青」は10月11日に音楽配信が開始した。 総合チャートでは10月23日付のチャートで3位へ初登場した。 Download Songs総合チャートでも3位へ初登場し、アルバムリリース以後の11月13日付のチャートではリリース4週目ながら1位へランクアップした。 その後、「BOOTLEG」のロングランヒット、更に翌年リリースのシングル「」の記録的な大ヒットの影響もあって長らくチャートインを重ね、2019年9月16日付のチャートにてチャートイン回数が通算100回に到達した。 現在でも米津や菅田のリリースの度にチャートインを果たしている。 批評 [ ] 音楽プロデューサーのは2018年1月21日に出演した「」にて2017年にリリースされた楽曲をランキングで発表した際、「灰色と青」を第1位へ選出した、楽曲の海外のポップスへ接近したサウンドアプローチと、俳優とミュージシャンの顔を別個の魅力を発揮する菅田のコラボレーションを「圧倒的な1位」だと肯定的に評した 脚注 [ ] [] 出典 [ ]• rockinon. com rockinon holdings. 2017年10月11日. 2019年11月9日閲覧。 音楽ナタリー natasha. 2019年11月9日閲覧。 rockinon. com Rockinon JAPAN. 2017年10月12日. 2019年11月16日閲覧。 Billboard japan. com Hanshin Contents Link Corporation. 2019年3月19日. 2019年11月16日閲覧。 Billboard JAPAN Hanshin Contents Link Corporation. 2019年9月16日. 2019年11月9日閲覧。 Real Sound. jp RealSound. 2018年1月28日. 2019年11月9日閲覧。

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米津玄師「灰色と青」の歌詞の意味は?解釈と考察!ボカロ時代の話も込みで!

灰色と青歌詞

落ちこぼれの高校生マサルとシンジは、高校が受験ムードになっても悪戯やカツアゲなどをして勝手気ままに過ごしていた。 ある日、カツアゲの仕返しに連れて来られたボクサーに一発で悶絶したマサルは、自分もボクシングを始め舎弟のシンジを誘うが、皮肉にもボクサーとしての才能があったのはシンジであった。 ボクシングの才能がないと悟ったマサルはボクシングをやめ、以前にラーメン屋で出会ったヤクザの組長のもとで極道の世界に入り、二人は別々の道を歩むことになる。 高校を卒業しプロボクサーとなったシンジは快進撃を続け、マサルは極道の世界で成り上がっていく。 1996年公開『キッズ・リターン』。 監督は北野武、主演は金子賢・安藤政信。 この映画が、「灰色と青(+菅田将暉)」の元になったのである。 僕にとっての菅田くんの第一印象っていうのは、映画で。 2014年のときに俺の「アイネクライネ」っていう曲が東京メトロのCMソングになって。 その映像を撮ってくれた、監督の『そこのみにて輝く』って映画を見させてもらったときに出てて。 (略)それですげー人いるなと思って。 なんていうかビビットで、ある種暴力的なニュアンスのあるこの人は何なんだ!?っていう興味から始まって。 菅田将暉の第一印象は映画『そこのみにて輝く』だった。 そこから、米津玄師の頭の中に"菅田将暉"という存在が現れたという。 その後、『ディストラクション・ベイビーズ』や『溺れるナイフ』での菅田将暉を見て、ますます存在が大きくなっていった。 このエピソードを聴いて、私は 「米津玄師と菅田将暉の出逢いは必然だったんだなぁ」と思った。 「アイネクライネ」の映像を撮ってくれた監督。 その監督の映画を見て存在を知り、2016年には『何者』で"音楽家"と"俳優"という異なる分野で同じ作品に関わり、ついには同じ作品を2人で作るようになる。 才能ある者同士は必然的に引かれ合うのだなぁと思った。 「灰色と青(+菅田将暉)」は"異なる分野で戦っている二人が歌うデュエット"じゃなければならない 米津玄師はインタビューで次のように語っている。 自分は音楽家で、菅田くんは俳優。 それぞれ表現方法はぜんぜん違うけれど、なにか共通している部分があるんじゃないか、という考えが頭から離れなかった。 そんな時、 『キッズ・リターン』と結びついて、『曲になる!』『今だ!』って思って、バーっと作って、形になって、曲になりました 『キッズ・リターン』は、簡単に説明すると、 ボクサーを目指す若者と ヤクザの親分を目指す若者の青春物語。 つまり、米津玄師は『キッズ・リターン』における"ボクサー"と"ヤクザ"を、"音楽家"と"俳優"に置換えたのだ。 そう考えると、やはり「『キッズ・リターン』のような音楽」というのは音楽家だけでは成立しない。 ましてや、ソロで歌うことも出来ない。 "異なる分野で戦っている二人が歌う デュエット"というフォーマットじゃなければいけなかったのだ。

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米津玄師「灰色と青」の歌詞の意味は?解釈と考察!ボカロ時代の話も込みで!

灰色と青歌詞

「灰色と青」という曲名はどのような意図でつけられたものでしょうか。 まずこの「灰色」と「青」というのは二つとも色です。 ここで大事になってくるのは、米津玄師がこの「灰色と青」という曲の着想を、1996年に公開された 「キッズ・リターン」という北野武監督の映画から得ていることです。 「キッズ・リターン」は、不良行為をしている落ちこぼれ高校生二人が、それぞれ歩み出した道で才能がないことや挫折を経験し、葛藤をする友情物語です。 「灰色と青」では米津玄師は菅田将暉とコラボレーションしています。 菅田将暉は米津玄師が前から気になっていた人物であり、米津玄師本人がオファーしました。 米津玄師は、自分と菅田将暉が「キッズ・リターン」に出てくる二人の高校生のようであるというフィーリングを抱いたのです。 ひいらぎの解釈 袖丈が合ってない、夏の終わり。 明け方に電車に乗っていると昔のこと 高校の頃くらい 思い出した。 電車での帰路のように遠回り、挫折を繰り返して同じような風景を目の当たりにした。 これは「キッズ・リターン」で言えば、映画が終わって数年後 劇中の二人は高校生であるため、具体的には米津玄師と同じ年齢になったくらいの時期 をイメージして作られたと思われます。 袖丈が合っていない、どこかちぐはぐさを感じる身なりで、夏の終わりという何だか寂しい時期に、若い頃の自分たちを思い出します。 上手くいかないことが多くて、たくさんの遠回りを繰り返しました。 窓に映る僕は、何か変わっただろうか。 ということを歌っているのでしょうね。 高校の校庭を自転車で走ったなあ。 馬鹿みたいな挑戦をして進んだ道で、葛藤して流れた血。 今ではその過去も虚しい。 親友 「キッズ・リターン」でいう主人公の親友 と長い間会っていないことが示唆されます。 「ひしゃげて曲がったあの自転車で走り回った」は、映画の最後で主人公と親友が卒業した高校に侵入し、自転車を漕ぎながら、「俺たちもう終わっちゃったのかな? 」「バカヤロー、まだ始まっちゃいねぇよ」という問答をする名シーンをイメージしていると米津玄師は言っています。 それは劇中で二人がそれぞれの道を進んでいくという「綱渡り」に失敗した後でのシーンです。 どれだけ背丈が変わろうとも 変わらない何かがありますように くだらない面影に励まされ 今も歌う今も歌う今も歌う ひいらぎの解釈 あの頃と見た目が変わっても、心だけは変わりませんように。 あの頃の思い出に勇気をもらって今でも僕は歌うよ。 高校時代とは背丈や身なりが変わっても、根本的な部分は変わらないでいたいという思いです。 米津玄師は、「ハチ」としてボーカロイドの曲を作る前の高校時代からニコニコ動画に自身のオリジナルの音源を上げていました。 その頃と同じように今も歌うことを繰り返しています。 これは、「キッズ・リターン」に米津玄師本人を当てはめている描写でもあります。 忙しなく街を走るタクシーに ぼんやりと背負われたまま くしゃみをした 窓の外を眺める 心から震えたあの瞬間に もう一度出会えたらいいと強く思う 忘れることはないんだ ひいらぎの解釈 タクシーにぼんやりと乗ったまま、あの頃と同じようにだらしなくくしゃみをした。 窓の外を眺め、昔のことを思い出す。 二人の息が刹那的に合ったあの瞬間にもう一度出会えたらいいのになあ。 忘れることもない。 ここから菅田将暉のパートです。 米津玄師のパートでは電車に乗っていましたが、今回は対照的にタクシーに乗っています。 また、米津玄師のパートでは窓に映る自分を眺めていましたが、今回のパートではこれまた対照的に窓の外を眺めています。 人が人とコミュニケーションをとるときに、たまに二人の考えが綺麗に合致したり、発言がハモったりします。 そのときに米津玄師は、「根本的に人は分かり合えない」という前提が払拭される美しさがあると言っています。 それが、「心から震えたあの瞬間にもう一度出会えたらいいと強く思う」という部分です。 ここはそのような米津玄師が持つ考え方を歌詞にしたそうです。

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