れ いわ しんせん ぐみ。 まるごと山本太郎 れいわ新選組 (週刊金曜日 2019年11/28臨時増刊号 [雑誌])

新選組

れ いわ しんせん ぐみ

これまで、新聞記者として過労死などの 社会問題を取り上げてきた著者が、 数十人のれいわ支持者たちに取材して痛切に感じたのは、 現代を覆う「生きづらさ」のうねりだ。 わずかな貯金から1万円を寄付した非正規労働者、 政治に目覚めて1000円を寄付したシングルマザー……。 貧困、性の悩みなど、 さまざまな「生きづらさ」を抱える人びとが、 「れいわ新選組」に何を期待し、 どう行動を起こしたのか? 徹底した支持者への取材と 有識者へのインタビューで本質に迫る。 いったい誰が、 「れいわ新選組」を支持したのか? それは、現代社会を覆う「生きづらさ」である。 なぜ、そこまで自信をもって言い切れるのか。 それは、この夏ずっと、 れいわ新選組を支持する人びとの話を聞き続けてきたからだ。 貧困にあえぐシングルマザーから大企業のエリートサラリーマンまで、 さまざまな人びとに声をかけ、ファミレスでじっくり話を聞いたり、 ときには居酒屋で酒を酌み交わしたりした。 取材を続けた結果、 多様な支持者たちをくくるキーワードとして、 「生きづらさ」という言葉がしっくりきたのである。 本書はこれから、 れいわを支持する市井の人びとの声を紹介していく。 普段どんな生活を送っている人たちが れいわ新選組に一票を投じたのか。 山本氏の演説のどこに心を打たれたのか。 そういったことを書いていく。 貧困、性の悩み……。 さまざまな生きづらさを抱えた人びとが登場する。 中略 れいわ新選組の支持者ばかりをたくさん紹介するのだから、 必然的にれいわと山本氏を肯定する言葉が頻出する。 しかし、読者の方々には、その言葉の表の意味よりも、 背後にある状況について思いをはせてほしい。 つまり、政治家に「生きててくれよ! 」と 語りかけてもらう必要があるほど、 生きづらい人びとがたくさんいる という現実をどう考えるかだ。 世の中にもやもやと漂う「生きづらさ」と 真摯に向かい合うことは、 社会をよくする出発点になると思う。 れいわ新選組を支持するか支持しないかに関係なく、 本書を「生きづらさ」を考えるきっかけにしてほしい。 タイトルの通り「れいわ現象」の正体が分かります。 2019年の参議院選挙で台風の目となった「れいわ新選組」 個人からの寄付とボランティアで選挙を戦い政党にまでなった。 これまでの日本に無かったこの現象は一体何なのか? 支持者たちにインタビューして支持に至った経緯などを書いています。 私は読んで結構腑に落ちました。 安富歩さんのインタビューはとくに興味深いものでした。 あと著者の牧内昇平さんの温かい文体。 自分の考えや想いを素直にハッキリ書いていてくれて 好感度高いです。 あとがきに半分くらい妻が書いたような本だって書いていて ご夫婦のなみなみならぬ情熱を感じました。 読んでよかったな~と思ってます。 アマゾンの上の紹介にもあるように筆者はれいわ現象を「生きづらさ」で読み解こうとしている。 だがちょっと待ってほしい。 生きづらさって非正規や性的マイノリティ、あるいは、れいわ支持者だけのものだろうか。 時代や経済状態に関わらず、少なからぬ多くがが持っているものではなかろうか? 反証的に言えば、お金持ちでも生きづらい人はいる。 自殺者数も大きな問題だが、データとして見れば2010年頃から大きく減っており、むしろバブル期よりも数は少ない。 そういう意味で「れいわ現象」=生きづらさ は筆者の主観や思い込みの域をでておらず 何ら実証されてはいない。 筆者が足を使って多くの声を聞いた点は評価するが、客観的なデータ等がなく説得力がない。 現象を分析しきれていない。 私も氷河期世代で非正規を7年やった後、運良く正社員になれた。 政治的スタンスは違うが、演説が見事に刺さって、「れいわ現象」に興味を持った。 深く知りたいと思い、本書を手に取ったが 上記のように分析が浅く感じ、不完全燃焼感が半端なかった。 きわめてユニークな本である。 「れいわ新選組」というと、まず念頭の浮かぶのが「山本太郎」だろう。 つまり、多くの人が「れいわ現象」の「正体」を暴くには、「山本太郎の正体」を暴かなければならないと考え、本書でもそのあたりの解明が試みられているのだろうと、そう予測するはずだが、しかし、本書はそういう「ありきたりの本」ではない。 著者はもともと「社会的弱者」の問題を追ってきた、経済部の新聞記者で、政治家・山本太郎について詳しいわけでもなければ、人並み以上の興味を持っていたわけでもない。 ただ、うつ病の妻を持つ一人の夫として、妻からすすめられて見たネット動画で、山本太郎が弱者に対して「生きていてくれよ!」と訴える姿に打たれ、「れいわ新選組」という「社会的弱者」を結集する政党のユニークさに興味を惹かれて、取材を始めたのである。 そして本書は、先の選挙において最初は誰も予想だにしなかった「れいわ現象」の意味を探るために、「れいわ新選組」の躍進を支えた「一般支持者たちの声」を紹介することを中心として構成されているのだが、しかし、面白いのは、「れいわ新選組」の支持者が、かならずしも山本太郎という一政治家のファンや信者ではない、という点にある。 つまり、山本太郎という政治家個人の力量はまだまだはかり難いところがあるものの、しかし「れいわ新選組」という「個々に訴えを持つ弱者の寄せ集め」めいた政党の、その政党らしからぬユニークさに、日本の政治の「現状打開の可能性」を期待をした、という人が少なくないのである。 従来の「政治的イデオロギー」や「労働組合や宗教団体といった支持団体のしがらみ」などに縛られない、「個々に訴えを持つ弱者の寄せ集め」。 喩えて言えば「弱者代表の梁山泊」ような集団だからこそ、何かをやってくれそうだという期待が、「れいわ新選組」に向けられている。 そしてそれは取りも直さず、今の日本の政治に対する切羽詰まった危機感が、山本太郎個人というよりも、山本太郎が結集した、この「ユニークな政党」に寄せられている、ということなのだ。 そして、そうした点で、特に面白いのは(レビュアー「のずら」氏や「Amazon Customer」氏も指摘しているとおり)前回の選挙で「れいわ新選組」から立候補した、東大教授の安冨歩のインタビューコメントだ。 安冨は、短命に終った民主党政権について「民主党の政治家がことさら無能だったから実績が残せず短命政権に終ったのではない。 官僚が、いずれ自民党政権に戻ることを見越して、仕事をボイコットしたから、どうにもならかっただけだ」と、じつにあっさりと指摘した上で「だから、山本太郎は議員を百人にして政権を取ると言っているけれども、仮に、そうなり、れいわ新選組が政権を取ったところで、それで政治が変えられるということはなく、民主党の二の舞になるのは目に見えている」と、はっきり言う。 しかしである。 だからと言って、何もしないで、このままで良いということはないのだから、今の政治を揺るがし、国民に「変革の希望とその可能性」を示す働きをこそ「れいわ新選組」はしなければならないし、候補者を「頭数」に換言しないで、それぞれに訴えたいことを自由にやらせるという「れいわ新選組」だからこそ、それが出来るはずだ、と言うのである。 つまり、山本太郎は「議員を百人にする」とか「政権を取る」という目標を掲げているけれども、それは「山本太郎個人の目標」であって、「れいわ新選組」から立候補した候補者や当選者個々の「目標」ではないのである。 だから安冨は「山本太郎は山本太郎のやりたいことをやればいいし、他のメンバーもそれを強いられることはない。 山本太郎は、自分のやりたいことを実現するために、子分をつくり、組織を作っているのではなく、共に戦える面白い仲間をあつめて、それぞれにやりたいようにやる機会を与える、きわめてユニークな個人主義政治家なのだ」と、大要このように評価しているのである。 したがって、「れいわ新選組」の場合、山本太郎だけが問題なのではない。 山本太郎が声をかけて結集した「ユニークな弱者たち」の「梁山泊的個人主義」が、これまでの政党にはない可能性を秘めているのだ。 その一人一人が、「弱者」であると同時に「豪傑」であって、一人が倒れても、別の一人が自分の持ち場で戦いつづけるような、分散構造を持つ「抵抗組織」。 それが「れいわ新選組」と名づけられた政党の、政党らしからぬユニークさなのである。 私も、本書の著者同様、山本太郎という人が、いまいち掴みきれない者の一人なのだが、ともあれ「れいわ新選組」が、二の矢三の矢を放ちつづける「ユニークさ」を失わないかぎり、支持していこうと思うようになった。 「れいわ現象」とも言われた2019年の参議院選挙における「れいわ新選組」の躍進を、その支持者・カンパを寄せた者たちの連続インタビュにより解明していく一冊です。 著者の牧内昇平さんは朝日新聞経済部記者、十分に「上流階級」に思えるが、生きづらさを抱え、経済的にも痛めつけられている人々に対して共感を超え、「のめり込み」とも思える主にTwitterを入り口に対面取材を行った成果がこの一冊の新書と言えると思えます。 著者と著者に山本太郎との記号を伝えた著者の妻は、山本太郎に心を持っていかれたその理由を知りたくもがき、思考し取材したのだと思われます。 2019年夏の参議院選挙とその後、これからの政治の動きを見て行く上で、押さえておきたい一冊です。 お勧めします。 アドルフ・ヒトラーとナチス党は悪の権化のように言われているが、ドイツ国民の選挙によって第1党に躍進して政権をとり、独裁政党になった。 ヒトラーは大不況とハイパーインフレを克服し、労働者の福利厚生を徹底して絶大な支持率を誇るようになった。 (経済政策のブレーンが優秀だったおかげだが。 )今のところ日本は自民党安倍政権の放漫財政・金融政策によりミニバブルが発生しているが、弾けるのも時間の問題だろう。 大不況になったとき、れいわ新選組の勝機が見えてくる。 もし政権を奪取し、経済政策と労働政策でれいわ新選組が成功するならば、ナチスドイツ党のように日本を支配することも夢ではない。 維新の会の橋下氏はもはや賞味期限を過ぎ、総理の目はない。 山本太郎氏は天才的な演説の才能がある。 山本太郎とれいわ新選組に良くも悪くも目が離せない。 こぶしを振りかざして熱く語る男がいる。 彼を応援している人は、きっとその情熱を純粋に支持しているのだろう。 だが、ごく最近の例を思い出そう。 民主党という政党が3年間政権を取っていた。 仕分けと呼ばれるパフォーマンスで受けていた政党だ。 凄まじい支持率だったが、結果、何ができただろう。 八ッ場ダムの工事を止めると息巻いていたのに、あっさり折れる。 津波が来たらスーパー堤防を創ると言い出す。 自民党と社会党が一応数字的には争っていた頃、自民党は「そんなに言うんなら一度お前らが政権を取ってみろ」と言ったものだ。 実際、野党が政権を取った。 で、どうなった。 情熱で世の中が動くと思うのは、数千万人を虐殺したスターリンや毛沢東の野心を支持する心情と何ら変わらない。 歴史にならえば、山本太郎のような人が政権を取ったら、何もできないか、180度変わったことを言い出すだろう。 重度の身体障害を議員にしてあまりにもお粗末。 ここまで愚かな人間もそういないと思う。

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れいわ新選組

れ いわ しんせん ぐみ

定員に空きがあるものの、重度の知的障がいがあり沖縄の県立高校を2度不合格になった仲村伊織さん(16)=北中城=の父晃さん(53)と母美和さん(51)が19日、国会内で、難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)を患う舩後靖彦参院議員(れいわ新選組)と面会し、等しく教育を受けられるよう直訴した。 2人の思いを受け止めた舩後さんは、国会で取り上げることを約束した。 地元北中城村の普通小中学校で仲間と共に過ごしてきた仲村さんは、高校も普通学校への進学を希望したが、高校の教育課程をこなせる能力がないと判断され2年連続で「定員内不合格」になった。 11月に沖縄であった、れいわの山本太郎代表の集会に参加したことが、国会で障がいがある子もない子も同じように学べるインクルーシブ教育の実現に取り組む舩後さんとの面会につながった。 「定員内不合格がない県もある」「予算はあるのに排除されるのはなぜ」。 晃さんは疑問をぶつけた。 定員内不合格があること自体が、子どもの貧困という社会問題につながっているのではないかとの問題意識もある。 「経済的な理由で勉強ができない子もたくさんいると思う。 そのまま社会に出て、中卒で仕事に就けるのか」と話した。 美和さんは「障がいや、一定の基準を満たすことができないという理由で子どもたちを切り捨てる今の教育のあり方を、国会で取り上げてほしい」と訴えた。 2人の話を聞きながら、何度も涙がほおをつたった舩後さん。 声が出せないため介助者を通し「インクルーシブな社会づくりに反する。 大きな悲しみ」と話し、近く自身が所属する文教科学委員会で取り上げることを約束した。 晃さんは当事者でもある舩後さんの言葉に、「スタートラインにも立ってないと思うけど、入り口が見えてきた。 大きな広がりにしたい」と希望を抱いた。 okinawatimes. ismcdn. 5ch. あいつに関わるなって怯えそうだ。 5ch.

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まるごと山本太郎 れいわ新選組 (週刊金曜日 2019年11/28臨時増刊号 [雑誌])

れ いわ しんせん ぐみ

本号は、「週刊金曜日」の過去記事、そして参議院選挙の結果を受けての新規記事などなどで構成されている。 蓄積資産とれいわ新選組の参議院議員選挙での公式文書 公約など を、資料としても整理し次につなぐ作業の一環とも言えよう。 「週刊金曜日」の編集委員であり、山本太郎が社会に目覚めた初期から伴走してきた雨宮処凛さんと日本の近代政治史を独特の視点で分析してきた同じく編集委員である中島岳志さんが大きく手腕を発揮している号である。 木村英子氏にもページが割かれ、類似企画との違いが出ている。 注目したいみたい一冊です。 本書は、「れいわ新選組」の代表として2019年7月の参議院選挙で2人の国会議員を誕生させ、みずからは落選した山本太郎の発言やインタビューなどを一書にまとめたものである。 「山本太郎の今」が良く理解できる編集である。 その山本太郎は、「街頭記者会見」と称する対話型の街頭演説の全国ツアーを敢行し、ようやく年内の予定を無事完了した。 「街頭記者会見」は、今までのどの政治家も考え付かなかった、新しい政治活動のスタイルである(YouTube参照)。 山本に共感する大勢の参加者の疑問に丁寧に答えるだけでなく、集会を邪魔する右翼の街宣車に向かって「こちらへ来て、質疑に参加しては?」と呼びかける型破り振りである。 政治にエンターテインメントの要素を持ち込み、参加者と一緒に楽しもうというスタイルは空前絶後と言える。 このような政治スタイルは、山本太郎は既存政党に絶望している一般庶民には希望を、既成政党(与党と野党を含め)には脅威を与えている。 数々の憲法無視(集団的自衛権、自衛隊海外派遣など)、安倍晋三首相自らのオトモダチ優遇問題(森友学園、加計学園問題)、選挙違反・政治資金違反疑惑(桜を見る会)、側近の横暴の数々、RI(カジノ)をめぐる疑惑など、政治モラルを踏みにじり、近隣諸国(特に韓国)との関係を自らの誤った歴史認識に拘り徹底的に悪化させ、トランプに盲従して国益を損なった罪は限りなく重い。 その無能としか言いようがない安倍首相が無駄に長く首相の座に居座れたのは、マスコミを懐柔し批判を封じ込めていることによる。 健全な批判を行えないマスコミの罪も同様に重い。 そのような安倍首相と対極にあるのが山本太郎である。 本書の記事タイトルにあるように、「政治をひとびとに取りもどす」、「生きているだけで価値がある」、「社会的孤立をなくしホームレスを生まない社会をつくる」、「消費税の廃止をめざす」、「20年以上に及ぶ経済政策の失敗が貧困を増大させた」、などがその基本主張である。 たしかに現在の「山本太郎現象」は、一種の「左派ポピュリズム」といえよう(本書、石戸諭氏と中島岳志氏の対談)。 だからこそ、既存の「永田町」的思考方法や、曖昧な政治戦略しか持たない立憲民主党から警戒されるのである。 山本太郎は1974年生まれと、来年(2020年)で49歳と若い。 彼が軸となり野党再編を達成し、本人の宣言通り首相となって日本を変える日が来る時を見たいものだ。 山本太郎をいろんな角度から検証していて、あっなるほどそんな事だったのか?とすこしづつ疑問が解けていきました。 政治はどろどろしすぎていて、不快感満載だったのですが、何故不快に感じていたのか?が分かりはじめました。 ていねいに素人にも理解できるような言語で実に丁寧です。 主権はあなたですよ。 と当たり前なのにあきらめていた、心情を揺り動かしてくれました。 ユーチューブだけでは理解できなかったお話が深く掘り下げて書かれていました。 政治は私たちの物です。 議員さんは、私たちの意見を反映しなければいけません。 総理大臣は私たちに忖度すべきものなのです。 すっかり間逆の日常にそんなもんだとあきらめてはいけない。 極端に言えば総理大臣をあごで使い倒すくらいの自覚が必要なんだと意識を変えられました。 わたしにはとても役に立った本です。

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