コロナ 禍々しい。 コロナの短歌5 外出自粛と桜、スカイプで通話

コロナ鍋もトレンド入り「コロナ禍」一体何て読む?

コロナ 禍々しい

コロナ禍ってなんて読む? ネットで「コロナ禍」の読み方というのが話題になっていました。 コロナ鍋、と書いている人がいて、まぁ似てますけどちょっと違いますね。 コロナ禍の禍というのは「か」と読みます。 つまり「ころなか」が正解です。 禍、というのは辞書で調べると 「 よろこばしくない事柄。 不幸をひきおこす原因。 」 とあります。 ちなみに「まがまがしい」という言葉はみなさんもどこかで耳にするかと思いますが、漢字では「禍々しい」と書きます。 ことわざである「災い転じて福となす」とありますが、あれは実は 禍を転じて福と為す が正解のようです。 これは自分も知りませんでした。 例えば東日本大震災のような出来事は、禍より「災」のほうを使いますよね。 「禍」と「災」にはどういった使い分けをするのでしょうか? 少し調べてみると、こういった話がありました。 「災」 は自然発生的に生まれた災害のことを、その一方で 「禍」 は人為的な災害のことを指す言葉、という使い分けです。 地震などは「災」ですが、今回のコロナウイルスは人から人へ伝染するということで、人為的という意味です。 (人為的なウイルスという意味ではないです) うーん、なるほど。 「コロナ渦」は誤記か新語か その一方で、現在は「コロナ渦」と表記する人もいるそうです。 渦と禍は似ていますけど、これも「渦中」という言葉もありますので、「ころなか」と読むことができますね。 大手新聞社も使っている言葉で「コロナが渦巻いている世の中」ということで、これが誤記なのか、新語なのか、なんともよくわからないですが。 しかし新しい日本語の使い方はたびたび登場するものなので、 「コロナ禍」「コロナ渦」は同じように市民権を得る言葉になるかもしれません。

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コロナ渦は間違いで,なんて読む?しめすへんの鍋みたいな漢字!【コロナ禍】

コロナ 禍々しい

みなさん、いかがお過ごしでしょうか。 令和に入って間もなく、私たちはパンデミックを経験することとなってしまいました。 社会の混乱を身近に感じているものの、赤鬼は公私ともにコロナウイルスの影響を受けていません。 物書きであれば、人によっては仕事が増えることがあるかもしれないですね。 私個人に限っていえば、臨時収入につながる依頼は一切ありません。 大きな波風が立たないまま、今までどおり元気に忙しく過ごしています。 さて今回は、『コロナ禍』の読み方や表記について考えます。 連日メディアでコロナウイルスについて報道されるときに見られる表現ですね。 私自身、漢字のスペシャリストではありませんが、ひとりの書き手としていくつか思うことがあります。 この機会に記しておくことにしました。 読み方と、そこにある違和感 まずは『コロナ禍』の読み方について確認しておきましょう。 音読みでは「か」ですが、訓読みすると「わざわい」や「まが」となります。 しかし、やはり語呂や語感がいいとはいえません。 たとえば戦争が起きた場合の表現は「戦禍(センカ)」になりますが、この読みには違和感を覚えないはずです。 これに対して『コロナ禍』は、 「カタカナの新奇性」と「漢語的な読み方」のミスマッチが起きているわけです。 正しい読み方であっても違和感を覚える要因は、ここにあるといえます。 表記の問題 ではなぜ『コロナ禍』という違和感の強い表現が使われるのか。 これについては、 表記の都合によるものと考えます。 私たちが直面しているパンデミックについて、文章を書くとしましょう。 おおよその前提として打ちだされるのは、「コロナウイルスによって社会が混乱している状況」ですね。 『コロナ禍』の表記を使うと、たった4文字でその様相を表現できるのです。 たとえば新聞記事の見出しや報道番組のトピックに使う字数には、限りがあります。 伝えるべき内容が日々変化するなか、「コロナ禍」は 表記に割くスペースの節約になるわけです。 さらにいえば、「コロナ禍」はそもそも「読み方」に配慮しているわけではないと考えています。 あくまで表記の都合によるものであり、 私たちが日常生活で「コロナカ」と声に出すことを想定していない表現なのです。 似たものはほかにもあり、自然災害が起きたときは「地震禍」「豪雨禍」などの表記がメディアで使われます。 このような表記ないし表現が、一般に浸透しているとはいえません、 推測でしかありませんが、既存の表現にある(「戦禍」にみられるような)法則を流用したのではないでしょうか。 またこれも読み方を想定せずに、表記の都合によって使われていると考えれば、違和感があるのは当然といえます。 少なくとも私は、上記のように考えることで納得しています。 「渦」のパターンも メディアによっては、『コロナ禍』以外の表記を使っているところもあります。 それが「コロナ渦」です。 「禍(わざわい)」と「渦(うず)」、表記としてみれば微妙な差ではありますが、あきらかに違っていますね。 実は先に説明した「戦禍」も、「戦渦」と表記されることがあります。 意味としてはほとんど同じと考えていいのでしょう。 あえて違いを明確にするのであれば、悪い出来事としての意味合いが強い「禍(わざわい)」に対して、「渦(うず)」はその災難に巻き込まれるニュアンスをもっています。 発信する側がどれほどのこだわりをもっているかはわかりませんが、表記のロジックとしては前項の内容と同様でしょう。 書き手の立場で考える 正しいかどうかは別にして、感覚的には「渦(うず)」よりも「禍(わざわい)」での表記が定着しているように思います。 つまり冒頭から説明している「コロナ禍」のほうがよく目にする、ということです。 「コロナ禍」と「コロナ渦」では、Googleの検索エンジンから出力された結果をみても 倍以上の差がありました。 私がパンデミックについて文章を書くとしたら、きっと「コロナ禍」を選ぶでしょう。 書き手として活動すると、社会問題との親和性が高くなります。 広い視野と高い目線をもって社会全体を考えることは必須ですが、ときには「表記」や「表現」いうミニマムなところに着目するのもおもしろいですね。 「この表記はどんな意味をもつのか」 「なぜこの表記を使っているのか」 「自分だったらどう書くか」 筆力を向上するには、一見すると「無駄」や「徒労」に感じることに対して真剣に考えなければなりません。 日常にある些細なことを拡張しつつ、自分の文章に活用していきましょう。

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コロナ禍で「自殺者20%減」のホントの理由とは? 人が死に至るのは「ウイルス」よりも「対人ストレス」の方だった――!?

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みなさん、いかがお過ごしでしょうか。 令和に入って間もなく、私たちはパンデミックを経験することとなってしまいました。 社会の混乱を身近に感じているものの、赤鬼は公私ともにコロナウイルスの影響を受けていません。 物書きであれば、人によっては仕事が増えることがあるかもしれないですね。 私個人に限っていえば、臨時収入につながる依頼は一切ありません。 大きな波風が立たないまま、今までどおり元気に忙しく過ごしています。 さて今回は、『コロナ禍』の読み方や表記について考えます。 連日メディアでコロナウイルスについて報道されるときに見られる表現ですね。 私自身、漢字のスペシャリストではありませんが、ひとりの書き手としていくつか思うことがあります。 この機会に記しておくことにしました。 読み方と、そこにある違和感 まずは『コロナ禍』の読み方について確認しておきましょう。 音読みでは「か」ですが、訓読みすると「わざわい」や「まが」となります。 しかし、やはり語呂や語感がいいとはいえません。 たとえば戦争が起きた場合の表現は「戦禍(センカ)」になりますが、この読みには違和感を覚えないはずです。 これに対して『コロナ禍』は、 「カタカナの新奇性」と「漢語的な読み方」のミスマッチが起きているわけです。 正しい読み方であっても違和感を覚える要因は、ここにあるといえます。 表記の問題 ではなぜ『コロナ禍』という違和感の強い表現が使われるのか。 これについては、 表記の都合によるものと考えます。 私たちが直面しているパンデミックについて、文章を書くとしましょう。 おおよその前提として打ちだされるのは、「コロナウイルスによって社会が混乱している状況」ですね。 『コロナ禍』の表記を使うと、たった4文字でその様相を表現できるのです。 たとえば新聞記事の見出しや報道番組のトピックに使う字数には、限りがあります。 伝えるべき内容が日々変化するなか、「コロナ禍」は 表記に割くスペースの節約になるわけです。 さらにいえば、「コロナ禍」はそもそも「読み方」に配慮しているわけではないと考えています。 あくまで表記の都合によるものであり、 私たちが日常生活で「コロナカ」と声に出すことを想定していない表現なのです。 似たものはほかにもあり、自然災害が起きたときは「地震禍」「豪雨禍」などの表記がメディアで使われます。 このような表記ないし表現が、一般に浸透しているとはいえません、 推測でしかありませんが、既存の表現にある(「戦禍」にみられるような)法則を流用したのではないでしょうか。 またこれも読み方を想定せずに、表記の都合によって使われていると考えれば、違和感があるのは当然といえます。 少なくとも私は、上記のように考えることで納得しています。 「渦」のパターンも メディアによっては、『コロナ禍』以外の表記を使っているところもあります。 それが「コロナ渦」です。 「禍(わざわい)」と「渦(うず)」、表記としてみれば微妙な差ではありますが、あきらかに違っていますね。 実は先に説明した「戦禍」も、「戦渦」と表記されることがあります。 意味としてはほとんど同じと考えていいのでしょう。 あえて違いを明確にするのであれば、悪い出来事としての意味合いが強い「禍(わざわい)」に対して、「渦(うず)」はその災難に巻き込まれるニュアンスをもっています。 発信する側がどれほどのこだわりをもっているかはわかりませんが、表記のロジックとしては前項の内容と同様でしょう。 書き手の立場で考える 正しいかどうかは別にして、感覚的には「渦(うず)」よりも「禍(わざわい)」での表記が定着しているように思います。 つまり冒頭から説明している「コロナ禍」のほうがよく目にする、ということです。 「コロナ禍」と「コロナ渦」では、Googleの検索エンジンから出力された結果をみても 倍以上の差がありました。 私がパンデミックについて文章を書くとしたら、きっと「コロナ禍」を選ぶでしょう。 書き手として活動すると、社会問題との親和性が高くなります。 広い視野と高い目線をもって社会全体を考えることは必須ですが、ときには「表記」や「表現」いうミニマムなところに着目するのもおもしろいですね。 「この表記はどんな意味をもつのか」 「なぜこの表記を使っているのか」 「自分だったらどう書くか」 筆力を向上するには、一見すると「無駄」や「徒労」に感じることに対して真剣に考えなければなりません。 日常にある些細なことを拡張しつつ、自分の文章に活用していきましょう。

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