艦これ護衛空母。 空母(艦これ)とは (クウボとは) [単語記事]

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艦これ護衛空母

『』においてが期待されている役割は、開始直後の攻撃によって、撃に敵艦隊の数を減らすことである。 敵がそこまで強な部隊編成でない場合、攻撃だけでさせてしまうこともある。 ……というのはの話であり、時間経過と共に『』のがッシュされ続けた結果、の役割も大きく変わり、は艦載機による攻撃よりもまず「制戦で打ち勝つことによって、相手の弾着観測攻撃を防ぐ」ことがの最大の役割とされ、結果としてキャーと揶揄されることもある。 ……というのもの話となった。 というのも、に艦載機熟練度が導入され、この熟練度による補正値はこれまでの艦載機のを大きく変えるほどのものだったからである。 詳細は各自で調べられたしだが、対人戦となるはともかく、今のところ艦載機熟練度を導入していない相手であれば、これまでより少ない艦戦で制戦をモノにすることが可となり、その分いたをどう使うか、が腕を振るう余地が広がったといえる。 のは当然ながら艦載機の種類と性・搭載数に左右され、初期値で、での搭載数を持つ正規「トレピッド」が、今のところ『』内ではのとされている。 一方欠点は、中破・大破の損を受けると戦でも艦載機を飛ばせなくなること(装甲である「」、「甲」、「甲」、「 M. なおでのは仮に参加可だとしても計算式の都合上極めて限定的な攻撃しか発揮できない。 ただ、上述のMや間要員を搭載したに間または間を搭載すると、でも安定した攻撃を発揮できる。 また、『』では、正規はへの攻撃ができない。 当初は、正規も軽も艦上でへの攻撃が可だったが、を考慮して正規に関しては外された。 軽にその機が残されているのは、大戦中に・軍が小の「護衛」を使って、による戦から輸送船団を守った戦訓を踏まえているものとされる。 の護衛?いえ、知らない子ですね……逆に、において敵に軽がいる場合は、を自軍に加えておけば撃戦において敵の攻撃を吸収させることができる。 『』において、は大きく分けて正規と軽に分類される(「」は前述の通り分類は装甲だが、実際の使用時には正規の扱いをされることが多い)。 史実上の分類とは事なり、『』ではあくまでも搭載機数で分けているらしく、史実では正規だった「」「」が軽に分類されている。 正規に対する軽のといえば、なんといっても燃費の良さであろう。 ・(航)は正規「」「」に近い搭載数を持ちながらローとあって、好んで使われる。 「」(まで)などは搭載数で劣るがその分更にローであり、3-2-1へのレベ出撃のお供・を必要とする長時間遠征での運用に最適。 特に「」はでも燃費が並で、のためにレベ・遠征でいつも「」を使っていたら、いつの間にかが上がりまくっていたということも少なくない。 対潜攻撃可という点はにもにもなる。 敵が隊ならは特にないのだが、敵艦隊に1隻だけが混じっているような場合、に攻撃が吸われてしまうことになる。 を撃沈させるか対潜値の高い艦載機を装備させるかしない限り、撃戦では全に戦外となってしまうのである。 軽にはから登場した2つの生した艦種がある。 1つは「攻撃軽」(、)で、こちらは艦との混成艦隊に対して艦を優先して攻撃する。 そのため、上で挙げたが全に解消されている。 もう1つが「護衛」に生する軽(大・同・同、・ベイ、、)で、こちらは対潜が可だったり輸送に編成可だったりするなど様々ながある。 要するに『』のは一艦一艦にがあるので、これを使いこなすの揮が試されていると言える。 その一方、を運用する専用艦であるは、これまでされていた「」「」はすることで最終的に軽となるところから、のまま運用されることはあまりなかった。 しかし、になり、「」「」、には「」、には「」、に「」と"にならない"がされた。 上の「」で毛色の違う「」はともかく、「」「」「」は立な戦になり得るであり、今後その運用方法が達によって開発されていくと思われる。 さらに、 なお、同じく艦載機を運用する「」は、「」は、「」はを参照。 また、の及びについては、それぞれの解説記事を参照されたし。 8年に「」が就役してからは、が「」「」で、二航戦が「」「」だった時代もある。 では開戦初期、を謳われた【機動部隊】のとして各を。 日事変における実戦と猛訓練を重ねたのの技量はとも言われ、実際にやで大戦果を出した。 しかし、その戦果と評判がを生み、の惨劇に繋がったことは巷間よく知られている。 また短期間ではあるが「」が所属していた時期もある。 なお、開戦時の=不時着機の救助役のとしては、の「」「」「潮」が所属していた。 ただし、珠湾には航続の関係では参加出来ず、代わりにの(「」「」「」「」)がその任務にあたっている。 機動部隊のもう一つのを担った、正規「」「」の所属する。 で両艦が戦没した後は、商船の「」「」および四航戦から移ってきた軽「」で再編された。 とともにのあるで、8年に「」が就役してが「」「」「」「」の4隻体制となったので、これを第一艦隊・第二艦隊・予備のローテーションで運用するために、第二艦隊所属ので編成されたのが最初。 に「」、14年に「」が就役すると、この準艦どうしでの編成となり、16年に第一艦隊(機動部隊)が組織されて配属。 開戦劈頭のを戦う。 なお、開戦時の=不時着機の救助役のとしては、の「」「」「」(未)が所属していたが、こちらも同様に航続の問題で珠湾には同行せず、代わりにとからなる(「」「」「」「」)を二戦から借用して同行させている。 開は多聞官の下で各地を転戦。 のに劣らぬ驚異的な技量を発揮し続けてきたが、で両艦とも戦没。 官も「」と運命を共にする。 残された「」と「」は輸送任務に使われた後、それぞれ佐世保とで、の終幕を見届けることになる(「」はの撃を受け大破、佐世保まで戻ったものの、のが出来なかったため、外洋に出られなくなった。 「」は襲により大破し、防台としてされた状態でを迎える)。 『』ではの「」や五航戦ののように、所属をで言うがいるが、二航戦の場合は「」の持ちとなっていて、大期の二航戦だった「」たちにはい。 その代わり、「」「」と「」は艦でないにもかかわらず、同じ(は別)によるかつ、艦載機を式として操るというで設定されており、これで3人が二航戦の同僚だったことを表していると思われる。 なお、後日された「」は二航戦所属だが、が式ではなくである。 これは二航戦としてはの一度しか戦ってないことと、艦が「」でひとくくりにされることから、を&と合わせたためだろうと思われる。 開戦時と最終時で、所属が大きく変化した。 開戦時は「」と「」が所属し、いったん解隊して再編成された時は、からへ装された「」「」が所属。 その後、へ転属していた「」が復帰し、後は「」も転属してきて、上最期のとしてを戦った。 11年から13年にかけては「」「香久丸」「丸」などの特設によって編成と解隊が繰り返され、日開戦の機運が高まりつつあった15年末、二線級扱いとなっていた「」「」の受け入れ場所のような形で再編。 なく「」は新編成の第四へ異動し、新たに潜艦からへ装された「」が所属して、この2艦でを迎える。 「」「」ともにへ出撃しているが、所属艦隊は別だった。 、機動部隊の再建で「」は所属となり、「」は内地で訓練艦とされる。 の「」と「」のが了すると、こので第三を再編成。 正規「」が就役してに配属されると、「」が再び三航戦所属に異動。 では、「」「」らの・部隊と行動を共にした。 で「」と「」が戦没し、が「」単独となったため、は新鋭の「」「」で再編し、「」は三航戦へ移る。 はこそ新鋭だが搭載するがく、かろうじて戦を残していた三航戦が、上最後の部隊だった。 、三航戦は最期の機動部隊としてへ出撃。 艦隊のテ湾突入を援護する囮艦隊として戦い、「」以下4隻は任務を全うしてした。 設定するならか。 しかし最期の三航戦で戦った「」「」「」「」のの(及び・)は、時の色でられている。 にはなくの色で、悲運の三航戦を表しているということだろう。 の開始の「」は通り三航戦役 特に のであり、同日に「」に及び『』がされた。 は純な強化に対して、は先にしていた「大」と同種の『護衛』に種別変更され、輸送に組み込めるとして重な存在になっている。 の後、「」は再編成された二航戦へ配属となったので、この時点で四航戦はいったん解隊。 次に編成されたのは、ミッドウェーの損失の埋めとしてへされた「」「」を配属した。 しかしとして運用するにはそれ用のを開発しなければならなかったが、戦局の悪化で遅々として進まず、には不参加。 艦齢年を数える低速・旧式ながら、官・の揮によって、の襲をほとんど損なくかわし切った逸話が有名(『』でのの対・回避・運の高さはここから)。 には、その格納へ資物資を詰め込んで、本土まで強行突破するを敢行。 的に成功をお、に帰投する。 しかし内地の資枯渇をまかなえるようなものではなく、なく燃料不足では浮き台化されることとなり、付けで四航戦は解隊となった。 そしてその後、「」「」は軍港襲によって大破着底し、としての生涯を終える。 「」にはこの関係のがいが、を転々としていた「」との兼ね合いもあるので、設定は難しかったか。 に「」にが、『装』として装いを新たにしており、正規に近い全通甲を装備するになっている。 開戦時の最新鋭大「」「」による。 初期編成時は、のとして「」と「」も所属していた。 ちなみに最初期(「」就役まで)は「」と「丸」、「」で構成されていた。 開戦直前の16年に「」、に「」が就役。 ただちに機動部隊(第一艦隊)へ配属され、のに間に合わせるべく急で訓練を課される。 このころ導部では、までの航続の問題から「」と五航戦のみによる出撃が検討されていて、なおさらの猛訓練となった。 結局は「」「」「」を含む6での全出撃となったが、・二航戦のからはヒヨッ子扱いされ、珠湾では攻撃をせずのみを担当(それでも命中率は凄まじかったが)することになり、からは「五航戦の連中と一緒にするな」のも聞かれた。 なお、開戦時の五航戦の部隊はの「」との「」だったが、このうち「」は珠湾には航続の関係で未参加となり、「」のみが同行していた。 洋のの後、南方面へ転戦してを戦う。 ここで「」が中破したので五航戦は内地へ後退してには不参加。 そのミッドウェーでを失ったのたちが、再編へ横滑りした五航戦のをにして戦うことになるのは、皮としか言い様がない。 「」「」ともへ転属となったので、五航戦はこれをもって解隊。 実のところ五航戦が存在したのは、16年から年までの10ヶ間にすぎず、は所属の方がに長い。 「」も加えた新生では第戦とを戦ったが、戦のたびに戦を消耗。 「い号」と「ろ号」では艦載機とをへ転用され、特には投入した隊の機体7割・を失うという惨憺たる結果に終わり、機動部隊再建失敗の致命傷となった。 そして「」と「」は、の攻撃によって戦没。 一の残存艦となった「」は三航戦へ移籍し、を施されての囮任務へ出撃する。 『』でのは、初期所属の五航戦として登場。 「」はになると、テ時の色に変化する。 に、「」「」に相次いで""および"甲"がされた。 特に"甲"は後発の「」のに準じる装甲化であり、また「」がテの柄から元のに戻っているところからも、「ナ・テを生き延びて最新技術による化装を受けた」というめいたといえる。 の「」では「」にともうべき具足姿が(・甲のみ)。 正に同の役ともうべき装いになった。 第十一は、いわゆるではなく、によって編成されたである。 なお、のは、一桁が、十が、二十が軍の基地隊によるもの、が訓練部隊となっており、十より前に10のがあるわけではない。 ただし、そうなったのはに入ってからであり、実際にこのによるも、開は第七で、開戦にあたっての再編に伴って第十一に称した。 (同様に六航戦も十二航戦に称している) 体となった七航戦は、その時最新鋭だったの「」と「」によって編成された。 直後にに出撃したが、各はへの関心が高く、では「」も「」もを撮られまくった、という逸話が残っている。 なお、「」の同艦である「」は、時代はのに所属はしていない。 の開、七航戦から称した十は四航戦と共に方面の部隊に配置されていたが、42年にを終わり回航中だった「」が敵による撃で沈、における""としては初の喪失となる。 そして残された「」は同年のに参加したが、これが十の最後の活動となった。 同戦で正規4隻を失った軍は、「」と「」のへの装を決定。 そして両艦は三航戦に異動となり、所属艦のいなくなった十は解隊となった。 『』において、「」は「」と共にやとなってからの活躍の方がされる傾向が長く続き、「」だけが所属していた十のことはほとんど触れられることがなかったが、で「」がされ、そのに「」と十について触れているものがある。 第二四は、に配属されたである。 と呼ばれていたこの部隊は、で活動していた乗りを軸としており、には長けていたがの着艦経験には乏しかった。 前の11年に、第十一艦隊所属の第二四に称し、開は攻撃や方面のに参加する。 そんな第二四に所属していたのが、に装後の「」であった。 「」は前述の通り初期の三航戦に所属していたが、その後の再編や「」のへの装によって、所属が変わっていたのである。 とは言っても、としてを発揮することもく、ほぼ輸送船団の護衛任務や、時としては輸送船としての任務に明け暮れ、そして、輸送任務の途中、で襲に遭って大破着底、そのままを迎えることになる。 「」にとって、の名は、あるいはお飾りに過ぎなかったのかも知れない。 で建造されていた3隻の貨客船「丸」「丸」「丸」、の「」は、建造中に軍に徴用され、へと装された。 同様の経緯を辿った「丸」「橿原丸」(「」「」)とは異なり、艦体が小だったこととが客船のままでが出せなかったことから、に装されたとはいえとして機動艦隊を率いることもなく、に輸送任務に就くことになる(「丸」は一時「」と共に五航戦に、次いで「」と共に四航戦に所属していたが、あくまでも名簿上のみで実際のには参加していない)。 後にそれぞれ「大」「」「」「」と名を変えても、やはり輸送任務に就くことが多かった3隻は、最終的に少しとはいえ艦載機を載せられることから、上護衛総隊に編成され、輸送船団の護衛任務を果たすことになり、そして「大」「」「」はの撃によってに沈んでいき、「」は大襲で大破着底することになる。 一方、船籍の客船「」は戦線が開戦し帰できなくなったため、にされていたが、ミッドウェーでを失ったが購入(一説ではで建造中だったを購入しようとしたが、それを断る代わりにを売りつけられたとも)し、「」に装したが、こちらもとして使うには物足りない性で、結局上護衛総隊へ配属されることになるが、やはりこちらもの餌食となってしまった。 ではまず「丸」(「大」)がのにてされ、続いてので「」がされた。 「丸」は最初ので名前のみならず艦種も分類上は「軽」だがその中でも特殊な「対潜護衛」に変化し、史実通りにの輸送護衛部隊で第一艦隊に編成できるようになる、という特殊を持つようになる。 なお、「」は当初からこのとなっている。 「」は、そうした中で一、へ間に合わせられた正規だった。 の欠点とされた、飛行甲の防御の弱さをする装甲を施した「」は、次世代ののとも言うべき艦となった。 という点では、実際の軍が量産を図った正規はだったが、・であるは以前の並みの防御しか持っておらず、さらに機体が大化した「」や「」などの新機を運用出来なかったのではないかと言われており、実戦投入ということを考えれば、やはり「」が量産できれば最も望ましかっただろう。 しかし「」は艦こそ会戦に間に合わせられたものの、その艦載機とは間に合ったと言い難かった。 「ろ号」にとして投入された・二航戦隊の大消耗は致命的で、数字上は機動部隊をも上回る戦を持ちながら、その実態はべるべくもかった。 加えて「」は、「」(3年8ヶ)並みの艦体を持ちながら「」「」(3年)より短い工期で就役(2年8ヶ)に漕ぎ着けており、どこかで急造の理が隠れていたというのは想像に難くない。 そしてに出撃した「」は、たった一本のでその短い生涯を閉じることになる。 この手のでしばしば問題となる「」の搭載機数の少なさだが、一般的にの搭載機数として知られている数値は大期の大機で換算されたものである。 における搭載機数は基本的に大戦初期の小機を元に換算されているためこれより増加し、更に本人が内で言及している通り露駐機をした結果では並の搭載機数を得た。 正規でに強い艦ではあるが、搭載数やなど個々ので見ればを上回るを持つ既存は他にもいるため一長一短である。 自身も装甲だけあって装甲が厚い代わりに回避が格段に低いという弱点を抱えており、敵のがしてくる域後半などでは使いにくくなるという欠点もある。 の大の最終が「」だとすると、中のそれはと言えよう。 設計時点では「中途半端」と言われており、的に一隻のみ建造する予定だったが、ミッドウェーで正規を一気に四隻失うに、急遽大量建造が決まったが、やはり理は出来ないもので、結局したのは「」「」「」の3隻のみとなった。 そしてその3隻すらも、にもにも間に合わなかった。 結局、「」は特攻「」の輸送任務に駆り出され、そしてそれすら遂できずに敵の撃で短い生涯を閉じる。 「」「」は、所属こそであったが、に出ることすらわず、敵に対して艦載機を発艦させることも経験しないまま、最後は軍港に繋がれたまま、「」は襲によって横転、沈没と、としてはに寂しい最後を迎えることになる。 後、まだ動くことは出来た「」は、最大規模の復員船として、5万人近くをへと帰還させるという最初で最後の大を遂させ、このの後始末を付けた。 このように戦うことすら出来なかっただが、『』ではで「」、同年で「」、で「」と、順番に三隻全てがされた。 いずれも「」にするには装設計図が要されるが、時に持ってくる艦載機は高性な「六〇一」のド機である。 ただ、的な存在である「」「」の勢と較すると流石にが否めない。 利点としては、共々正規では最も燃費が良い点で、現状では「硬い軽」のような扱いが多い模様である。 また、「実戦を体験できなかったを、今度こそ戦わせてあげられる」ことにを感じるのも良いかも知れない。 補遺-着艦識別文字 、からを見ると、に棒が浮かんでいるようにしか見えないわけで、現代のように電子機器が発達しているわけでもない当時は、そのが何なのかはで確るしかない状態である。 そのため、の甲には、「着艦識別」と呼ばれる、そのを表すが大きく書かれていた艦もあった。 にもそのは取り込まれている。 登場のの着艦識別は以下の通り。 名 着艦識別 上の表示位置 ア 前垂れ、飛行甲 カ 前垂れ 、飛行甲 サ なし ヒ 前垂れ 、飛行甲 シ 胴着 、飛行甲 ス 胴着 、飛行甲 タ なし ひ なし じ なし づほ の裾。 のみ ちと からくりボックス。 航以降 ちよ からくりボックス。 のに「サ」のがないのは、現代では史実のには甲に着艦識別が書かれなかったという説が有なため。 他の「なし」の艦も同様。 装であるの甲にも「いせ」 「せ」のは小さい のが付いた またこれ以外にも、誤って敵に着艦しかけてしまう事件が起こって以来、識別のために飛行甲に大きなを描いていたのだが、ミッドウェーでは逆にこれが立ちすぎて敵艦爆の的になってしまった、という反省から、その後は描かれなくなった。 にを転じると、を量産していたも同じような悩みを抱えていたようで、同艦のには「L」、には「」と甲に書いていた。 ただ、これは初期の頃だけで、後には綺麗に塗りつぶしてしまい、またそれ以降に建造された級、では最初から書いていない。 関連項目• や域において、敵方のは破状態でも撃戦に参加してくる。 (ので味方のと同じになるように修正された。 )また、域において「」(通称:フラ)及びそれよりも格上ののみがでも撃可だったが、になって待望の可なであるが、には同じく可ながされた(ただし、は装すると不可。 しかし、Mk. まですれば再び可となる)。 は潜艦「」として工した後にに装された。 にされた「」は、史実のが「」の装であったことをにされた。 自体はも未であるが、実紹介のの方次第ではの可性も否定できなくなってきた。

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サミュエル・B・ロバーツ(艦これ)とは (サムとは) [単語記事]

艦これ護衛空母

小型化して装甲とかも減らして簡略化しよう。 というか他の船を空母に改造しよう。 で生まれたのが軽空母。 正規空母を小型簡略化したり、できてる船を改造することで生産性が向上。 ちなみに正規空母は排水量3万トンとかある。 軽空母や重巡でも1万数千トン。 空母同様に艦隊での主戦力として使うので速力は高い。 護衛空母とは?対潜重視で小型簡略化 潜水艦から輸送船団守るのに空母使いたいな。 軽空母を更に簡略化して速度も輸送船団に合わせて低速にしちゃえ。 で生まれたのが護衛空母。 ガンビア ベイの名前の由来はアラスカのガンビア湾。 確かに護衛空母のガンビアベイと大鷹は速力が低め。 日本は余裕ないので護衛空母も戦力にしたかったから大鷹のほうがガンビアベイより大きいよ。 アメリカ驚異の工業力 そしてガンビアベイの凄いのは建造期間。 工事開始の起工が1943年7月10日。 全部終わった就役日が1943年12月28日。 この間ナント 171日。 だがもっと恐ろしいのはガンビアベイはカサブランカ級航空母艦の19番艦。 米国の工業力の恐ろしいこと。 就役すると正規空母のエンタープライズに飛行機運んでハワイで訓練。 多分史上最高の武勲艦。 詳しい史実は ガンビアベイが太平洋戦線に加わった1944年半ばでは既に戦争の旗色はアメリカよりになっており、特に6月のマリアナ沖海戦で日本は空母機動部隊が大損害を受けアメリカ軍は西太平洋に侵攻した。 日本の勢力圏が失われたことで後方での船団護衛が任務のガンビアベイにとって危険は減っていた。 ハズだった……。 ガンビアベイ、レイテの恐怖体験 1944年10月のレイテ沖海戦ではガンビアベイ達護衛空母は3つの部隊(タフィー1,2,3)に分かれ上陸支援の任務に就いていた。 ガンビアベイはタフィー3に属していたが、10月25日レイテ沖海戦3日目の朝7時頃、サマール島近海で予想外の事態に遭遇する。 せめて敵が射程内に居れば……。 戦艦の射程内での遭遇にタフィー3は退却。 栗田、鈴木艦隊から追撃を受けることに。 後方で攻撃を受けているのはホワイトプレインズ。 共にガンビアベイと同じくカサブランカ級護衛空母。 タフィー3は煙幕やスコールを利用し攻撃を躱しながら艦載機を上げ、護衛の駆逐艦と増援に現れた他の護衛空母部隊と反撃。 サマール沖海戦について詳しくは 栗田、鈴木艦隊は度重なる空襲で損傷していたこと、遭遇戦で隊列が乱れていたこと。 なによりガンビアベイ達タフィー3が健闘したことで日本側有利な距離だったが鈴谷、筑摩が轟沈するなど損害が大きくなっていた。 しかし、ガンビアベイは艦隊の後方に居た為に攻撃が集中してしう。 低装甲のおかげで砲弾が貫通して爆発の被害を受けずに済んでいたが、浸水と砲撃により10月25日9時11分沈没した。 ガンビアベイ達タフィー3の奮闘は栗田、鈴木艦隊に思わぬ損害を与え僚艦と共に殊勲部隊章を受章した。 まとめ 50隻姉妹のカサブランカ級の19番艦。 しかも、大和と長門さんは敵艦に向かって砲撃するの初めてだから相当気合入ってただろうし。 ダイブトラウマになっちゃったみたいね……。 でもサマール沖海戦での奮闘で、思わぬ被害に時間を食ったのも栗田艦隊がレイテ突入しなかった一つの要因とも。 今回はここまで、 ご閲覧ありがとうございます。

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瑞鳳改二乙

艦これ護衛空母

まだ成功していない遠征があるので、成功次第記載します。 成功すると 航空装備輸送任務が出現します。 南西諸島離島哨戒作戦 ・軽巡x1、駆逐x4、水母x1 水母 旗艦 、軽巡x1、駆逐x4でいける? 火力は 400以上、対潜値もある程度必要? 獲得アイテム(大成功) ・弾薬x150 ・鋼材x150 ・ボーキx270 ・高速修復材x2 全キラではありませんでしたが、大成功しました。 成功すると 南西諸島離島防衛作戦が出現します。 ミ船団護衛 一号船団 ・護衛空母x1、軽巡x1、駆逐x2、海防x2 シルエットを見るに 護衛空母x1、駆逐x1、海防x2でも行けそう? 対潜値もある程度必要? 獲得アイテム ・燃料x800 ・ボーキx200 成功すると ミ船団護衛 二号船団 が出現します。 ミ船団護衛 二号船団 ・護衛空母 旗艦 、重巡x2、駆逐x3 ・火力565、雷装461、対空581、対潜297、索敵407 重巡は戦艦でも行ける模様。 駆逐の1隻も自由枠? 軽空母の場合は軽い編成でないとダメかも。 航空装備輸送任務 ・空母x2、軽巡x1、駆逐x2、水母x1 空母x2、水母x1、駆逐x3でダメだったので 軽巡x1は必須かも。 対潜値 200以上、ドラム缶 3隻6個以上必要? 獲得アイテム(大成功) ・弾薬x300 ・ボーキx1200 ・開発資材x4 ・家具箱 大 x2 全キラではありませんでしたが、 大成功しました。 一言 敵泊地強襲反撃作戦は以前と同じ編成で行けました。 こんな感じで行けるはず。 ミ船団護衛 二号 、次の編成で成功しました。 全員キラ付きで大成功です。 7cm連装B型改二 火力83 雷装88 対空75 対潜61 索敵47 夕立改二Lv94 12. 南西諸島離島防衛作戦について、情報を提供致します。 攻略情報に >中口径主砲も8以上必要? とありましたが、中口径主砲7つでも大成功しました。 以下、私が大成功を収めた際の編成を晒しておきます。 ちなみにキラは3回連続失敗でザラと神通以外剥がれてしまっていますので、ご留意願います。 鳥海改二 Lv. 97 :20. 99 :零式水上偵察機11型乙 熟練 、20. 99 :20. 99 :12. 7㎝ FlaK M42 伊14改 Lv.

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