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佐藤健志 プロフィール

佐藤健志 2ch

ぜひご覧ください。 『愛国のパラドックス 「右か左か」の時代は終わった』(アスペクト) 4)そもそもわが国の戦後史そのものが、壮大なポピュリズム的ファンタジーだったのかも知れません。 『僕たちは戦後史を知らない 日本の「敗戦」は4回繰り返された』(祥伝社) 5)「オレは(注:アメリカのために)たくさん犠牲を払ってきたと思うね。 本当に一生懸命に働いてきたし、数千もの雇用を生み出した。 いや、万単位だよ。 立派なビルもいっぱい建てた。 オレは大変な成功を収めてきたんだ」(ドナルド・トランプ) 「革命によって権力を握った連中は、祖国を救うどころか、祖国を台なしにするにあたってすら、一滴の血も流してはいない。 彼らが払った犠牲など、せいぜい資金づくりのため、靴についていた銀の留め金を差し出した程度のもの」(73ページ) おかげさまで5刷となりました! 『新訳 フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』(PHP研究所) 6)この本に特別収録された「愛国の霊言」では、1775年末にイギリス軍と戦って命を落としたリチャード・モンゴメリー将軍の霊が、地上に戻ってきて独立戦争の遂行を説きます。 英霊は死してなお祖国を守るのです。 『コモン・センス完全版 アメリカを生んだ「過激な聖書」』(PHP研究所) 7)そして、ブログとツイッターはこちらをどうぞ。 ブログ ツイッター 佐藤って経歴見ると、演劇青年崩れの、親のすねかじりだったニートなんだよね 桜に出た当初もインターネットDJなんて訳の分からない肩書で どういうわけか演劇集団も持っていた福田恆存経由で西部グループに近づいてきた しかし佐藤は西部グループが正しそうだという直感しかなく 自分の論理で説明できない、佐藤の話で感心したことは一度もない 福田譲りのレトリックこねくり回して弄ぶだけ あれでは人を説得できないよ、50も過ぎて万年青年みたいな自意識過剰の演劇口調で 田舎の青年団の弁論大会を見るような恥ずかしさがある。 澤村はよいしょだけうまいただの伝記作家だし、浜崎も佐藤と同じ中途半端な知識しかない非常勤講師。 伸びしろがないようなのが、多い 硬質で博識のある腹のすわった後継者に早く表れてほしい。 huyukisora huyukisora 2月14日 佐藤健志の言うように、チェスタトンは自殺を断罪し、保守とは遠いところにある、というのはその通りなんだけど、 西部邁に関しては、保守と実践主義(プラグマティズム)という、矛盾を引き受ける部分という意味においては、 自裁死は西部先生らしいとも取れる訳で。 huyukisora huyukisora 2月14日 また、西部邁の自裁死は、連続性の中での最期の在り方、というものを問おてるわけで、 チェスタトンのいう、すべての他者の殺害、という急進性を持ち出すことは、正直、あまり意味の無い議論な気がする。 huyukisora huyukisora 2月14日 そういう意味においては、福沢諭吉的であるという感じがするんですよ。 開国攘夷的なプラグマティズムというべきか。 これは八木や西尾が言っているが、もともと「保守」という言葉が 日本では50年代以降の新造語で、戦後の「左翼」全盛の時代には常にネガティブな言葉だった。 それは「革新」という言葉に対しての対語、対抗概念としての「保守」であり 積極的価値のあるのは「革新」であり、その左翼がレッテル張りとして使う言葉が 「保守」であり「右翼」であり「体制」だった だからその派生語は「保守頑迷」「保守反動」「保守停滞」などだった だから西部出現以前の人たちが、自らを「保守」と名乗らなかったのも当然といえる。 ところが西部が80年代初頭から積極的にみずから「保守」と名乗り あたかもそれが肯定的な価値であるように振舞った。 やがてソ連崩壊という時代背景とともに、90年代終わりあたりから、「保守」派を名乗る人もどんどん現れだし、 現在みずからを「保守」派と名乗ることに何の違和感を感じなくなったのは、そう昔のことではない そしていつの間にか「左翼」がネガティブな言葉となり だからリベラルを名乗っている 、「革新」いたっては死語になった。 恐らく、実務ではなく若者に伝えるということだと思う。 確か、浜崎さんが大学の学生に対して、どのよううに伝えるか?という文脈だったと思う。 勿論国家の運営はイトカンが言うように軍事・経済・文化等のバランスが大事であり 普通の国家はどれも思考の範囲に入れる。 ただし強兵の担保は経済力。 経済力だけ付けてもバランスはよくないし そこはダンスも経済が良くなっても軍事に話が行かないだろうと言ってたけど。 そういう軍事とかの話って有事にならない限り話されないのが世の常だと思うけどね。 3・11での自衛隊の活躍で多少、自衛隊の存在が前向きに捉えられたように そういう有事でないと国民世論としては起き上がらないだろう。 失業率の急低下はテクニカル要因もあるが雇用環境の改善は強い 1月の失業率は2. 4%と、12月の2. 7% 季節調整の改定によって2. 8%から下方修正 から大幅に低下した。 11・12月と新規求人が急増していたのが、1月に一気に雇用者の増加に結びついたと考えられる。 1月には就業者が前月比0. 64%、労働力人口も同0. 24%となっており、就業者と労働力人口が双方とも増えるかなりよい形である。 1月は大雪を含む天候不順があったが、復旧のための人手が必要だったからか、24歳以下の失業者が急激に低下している。 特殊要因が剥げ落ちれば、2月には2. 6%までリバンドする可能性があるが、雇用環境は更に改善している方向性は変わらないだろう。 研究や飲食・宿泊などのサービス業、そして情報通信など、マーケットが拡大している所の雇用の増加がかなり強くなり、景気拡大シナリオに沿ってしっかり動いているようだ。 過去を振り返っても、1980年代後半のバブル期も、失業率が3%から2%に低下するわずか1%のマージンの中で、賃金上昇と内需拡大が強くなり、最終的に物価も力強く上昇していった。 今回も、失業率は2%台前半に定着していき、デフレ完全脱却へ向かっていくことになるだろう。 景気回復の中で窃盗犯が減少したのが主因で、自殺者数も減少傾向にある。 一方、おれおれ詐欺など新しい形の犯罪は増えている。 警察庁が8日発表した犯罪統計によると、2017年の刑法犯認知件数は前年比8. 1%減の91万5042件となった。 件数の7割を占める窃盗が同9. 4%減だった。 犯罪と失業者が減少 経済の安定が犯罪の減少に結びついたとの見方がある。 完全失業率も2. 8%と低く、有効求人倍率は1. 59%と44年ぶり水準だ。 三井住友アセットマネジメントの宅森昭吉チーフエコノミストは「景気回復が犯罪件数の減少に寄与している」と分析。 「仕事があれば窃盗などをする必要性は低下する」と述べた。 警察庁によると、犯罪が減少した要因は「抑止対策を推進してきたことのほか、防犯カメラなどの防犯機器や設備が普及してきた」と認識している。 景気回復との関連性の有無については「一概にお答えすることは困難」としている。 自殺も減少傾向 犯罪だけではなく、自殺者は1991年以降、最少水準まで低下した。 東京で落としたお金が戻る割合や日本の治安が良く安全で安心して暮らせる国だと考える人も増加している。 一方、息子などを装って高齢者から金をだまし取る「おれおれ詐欺」など新しい形の犯罪が増えた。 警察庁のホームページによると、17年のおれおれ詐欺の認知件数は前年比47%増の8475件。 被害額は200億円を超える。 例えば、浜田宏一が西部の自死を〈うつ状態〉と関連付けていたり、上野千鶴子が〈彼の死を英雄視することだけは、やめてもらいたい〉と述べていたりします。 西部の著作に親しんだ者としては、異議をとなえたくなるでしょうが、彼らは彼らなりの価値観に沿って真剣に論じているのです。 彼らには、そうとしか思えなかったがゆえに、それを素直に論じているのです。 ですから、彼らは(少なくとも今回の追悼では)卑劣な振る舞いをせず、参照に値する文章を残していると思えるのです。 しかし、今回の原稿の中で、少なくとも2名は、その卑劣な本性が明らかになりました。 その人物は、(本書を読んだ方なら予測がついていると思いますが)佐藤健志と藤井聡です。 佐藤のこの文章は論理の筋が通っていません。 自殺を、社会や国家の連続性の否定と結び付けて論じていますが、そうとは限らないからです。 西部は、自死(自殺)が、社会や国家の連続性の肯定になりえる場合があることを文章で書き残し、それを実践しました。 つまり、〈「みずからの意志で世を去る」こと〉が、社会や国家の連続性を肯定する場合もあれば、否定する場合もあるということです。 前者を西部は丁寧に語っていたのですが、佐藤はその論理を完全に無視し、勝手に自分の都合の良いように論脈を捻じ曲げ、一方的に死者を糾弾しているのです。 佐藤の書く文章には、論理の筋を捻じ曲げ、自身に都合のよい結論を導き出すという卑劣な手法がいたるところで展開されています。 例えば51頁では、〈西部氏が「思想の英雄」の一人として賞賛〉した〈G・K・チェスタトンの言葉〉を持ち出しています。 チェスタトンが自殺を〈罪の最たるもの〉などと言ったことを根拠に、〈西部氏も自殺によって、ご家族はもとより、自分の言論を信じた者、 そして活動を引き継ごうとした弟子のすべてを嘲笑し、侮辱したのだ〉と語るのです。 この見解も馬鹿げています。 仮に、チェスタトンの言葉は一言一句にいたるまで間違いがないと信じているチェスタトン原理主義者がいるなら、佐藤に同意することでしょう。 しかし、そんな異常者はいないでしょうし、もちろん西部もそんな異常者ではありません。 西部の著書『思想の英雄たち』でチェスタトンを論じた箇所には、 〈「二つの激烈な感情の静かな衝突から中庸をつくりだしていた」のがキリスト教であるかどうか、私は断定を差し控える〉とあります。 チェスタトンの自殺への嫌悪は、アウグスティヌス以降のキリスト教の教えにそったものでしょう。 西部は、チェスタトンの意見を選択的に取り入れていたのであり、自殺の否定という見解は受け入れなかったというだけの話です。 こんなのRTしてる段階で、色々終わってんな 新潮45に対する批判や圧力なんて、 朝日新聞の浴び続けてきたそれに比べたら何万分の1レベルだろよ 笑 今さら言論弾圧とか言うなっての。 明らかに歴史を捏造し日本を不当に貶める反日映画である。 この映画の上映会をなんと茅ヶ崎市、茅ヶ崎市教育委員会が後援するというのだ。 こんな歴史を捏造した映画の上映会を市が後援するなどとんでもない話だ。 96 ID:JHnolZAP.

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佐藤健133@2ch

佐藤健志 2ch

From 佐藤健志 ——————————————————- 【オススメ】 月刊三橋最新号 「徹底検証!日本経済2016 日本再生のために忘れてはいけないこと」 ——————————————————- 2017年、あけましておめでとうございます。 『愛国のパラドックス』の版元ですね。 未読の方はこちらを。 (紙版) (電子版) この本のテーマは 〈今のわが国では、保守も左翼も「構造改革とグローバル化による日本否定」で足並みをそろえている〉 というもの。 巻末には、特別付録として「政治経済用語辞典」が収録されます。 アンブローズ・ビアスの『悪魔の辞典』にならい、 現在の日本でよく用いられる政治・経済関係のさまざまな言葉について、 本当の意味を暴露・・・ いや、定義したもの。 「愛国心」から「若者を戦場に送らない」まで、項目は数百に及びます。 論考部分の原稿は、昨年末にすべて完成。 目下、対談に向けて調整を行っています。 これも面白くなりますよ!! さらに1冊か2冊出したいので、どんどん仕事に励みたいと思っています。 まあ、足のリハビリもしなければならないのですが。 1951年にラジオ番組としてスタートし、 1953年暮れの第4回からテレビ放送されるようになって現在にいたります。 2016年12月31日に放送されたのは第67回。 第1回と第2回が1月3日、第3回が1月2日の放送。 ところが1953年から大晦日へと移動することに。 結果的に1953年は、1月2日と12月31日に紅白が放送されました。 厳密に言うと1969年は69.7%で、1982年は69.9%だったものの、 これは誤差範囲のうちでしょう。 最近は紅白も、往年の勢いをすっかり失ってしまいました。 2006年〜2015年の十年間を見ると、 視聴率は前半で30%台、後半で40%を超えるか超えないか。 2016年も前半が35.1%、後半が40.2%でした。 無理からぬ話と評さねばなりません。 なにせ、見ていてまるで面白くないのです。 昨年の大晦日など、つまらなそうな顔で寝そべっている猫の画像に 「おまえが紅白に飽きてるのはわかる」 というキャプションを添えたツイートが登場。 猫の表情が絶妙で、大笑いしました。 ・・・けれども、 なぜ最近の紅白はかくもつまらないのか。 ちょっと大げさに言えば、ある種の国民統合の式典だったのです。 関連してご紹介したいのが 劇団四季を長らく率いた演出家・浅利慶太さんによる、 演劇の魅力をめぐる定義。 浅利さんはこれを 「(劇場に集まった人々が)劇行為に共感し参加することによって、共にその状況に生きる他の人々との間に連帯性、精神的共感を見出す歓び」 と規定しました。 (『浅利慶太の四季』第一巻収録「現代演劇の不毛」。 慶應義塾大学出版会、1999年) ひらたく言えば、みんなで同じ劇に感情移入することによって 「立場が違っても、誰もが同じような喜びや悩みを抱えて生きているんだ!」 という思いを噛みしめ、 見知らぬ人との間にも心情的なつながりを見出すのが 演劇の魅力なのです。 その意味では往年の紅白も、一年をしめくくるにふさわしい国民規模の「(歌)劇」でした。 今回の紅白には「万人向け」というより、「分からない人は置いてけぼり」のような演出が多すぎたのではないか。 たんなる大型歌謡バラエティなら、 分からない人は置いてけぼりというのも、事と次第では「あり」でしょう。 しかし紅白は本来、 歌を媒介に国民的な共感をつくりあげる番組だったはずであり、 ゆえに国民的番組と呼ばれたのです。 まあ、SMAPが出演しなかったのが響いているのかも知れませんよ。 それに近年は 誰もが知っているヒット曲が少なくなったのも事実。 だとしても、 分かる人だけ分かればいいという発想で演出してよいはずがない。 そんな紅白歌合戦など、 中身を抜き取られた残骸とも呼ぶべき代物にすぎません。 つまらないのも当たり前。 演出家の鴻上尚史さんも、こうツイートしました。 演劇の演出家から見ると、 今(注:2016年)の紅白の 「シン・ゴジラ」や「タモリ・マツコ」の強引な挿入は 受け手の人間の生理を完全に無視しているとしか思えない。 アイデアがいかに面白くても、 それを受けるのは人間であり、 人間の感情はアイデアより現実として存在している。 それを無視はできない。 つまりは共感や連帯をつくりあげるという 本来の目標を捨て去ったあげく、 面白そうな思いつきを並べているだけ。 そりゃ、視聴率も取れなくなりますわな。 けれども、この視点に基づいて 紅白の視聴率の変遷を眺めていると 面白いことが見えてくる。 大きな区切りとなった年が二つあるのです。 この年から、紅白の視聴率が70%を超えることはなくなります。 次は2000年。 この年から、紅白の視聴率は50%を超えなくなりました。 後者も構造改革やグローバル化が本格的に推進されだしたころと重なります。 そしてこれらは、ともに国民統合を弱める性格を持つ。 はたしてこれは偶然か? 面白くない紅白からも、見えてくるものはあるのです。 『戦後脱却で、日本は「右傾化」して属国化する』(徳間書店) (紙版) (電子版) 2)過去70年あまり、われわれの連帯感がどのような経緯で弱まっていったのかはこちらを。 『僕たちは戦後史を知らない 日本の「敗戦」は4回繰り返された』(祥伝社) 3)「倫理的価値観の何たるかを知るうえでは、劇場のほうが教会よりもふさわしい。 芝居は興奮や感動を売り物とするからだ」(115ページ) エドマンド・バークも芝居好きで、18世紀イギリスを代表する俳優の一人、デイヴィッド・ギャリックと交友関係がありました。 『新訳 フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』(PHP研究所) (紙版) (電子版) 4)「われわれ一人ひとりが、隣人にたいし、心からなる友愛の手をさしのべる時が来た」(237ページ) アメリカ独立も、共感と連帯のうえに達成されたのです。 『コモン・センス完全版 アメリカを生んだ「過激な聖書」』(PHP研究所) (電子版) 5)そして、ブログとツイッターはこちらをどうぞ。 ブログ ツイッター —発行者より— 【オススメ】 日本が国連に2億ドル払える理由 財政赤字国のどこにそんな大金が? TVが放送を自粛する意外な真実とは.

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佐藤健133@2ch

佐藤健志 2ch

佐藤健志(さとう けんじ) 1966年(昭和41年)、東京生まれ。 評論家、作家。 東京大学教養学部卒業。 1989年、戯曲『ブロークン・ジャパニーズ』で文化庁舞台芸術創作奨励特別賞を受賞。 22歳での受賞は最年少記録だった。 1990年、最初の単行本となる小説『チングー・韓国の友人』を刊行。 同書は韓国でも翻訳されたうえ、NHK-FMでラジオドラマ化された。 1992年の『ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』いらい、作劇術の観点から時代や社会を分析する独自の評論活動を展開。 2013年の『震災ゴジラ! 戦後は破局へと回帰する』、および2014年刊行予定の『リミックス増補版 夢見られた近代』は、この路線の最新作である。 1994年〜1995年、大蔵省(現・財務省)財政金融研究所の「21世紀の経済・社会システムを考える研究会」委員。 同研究会の議事録は、『21世紀日本のクオヴァディス』(上・下)として、朝日新聞社より1995年に刊行された。 2009年〜2011年にかけて、FMラジオ番組「SOUNDTRAX interzone」(サウンドトラックス・インターゾーン)で、台本・選曲・DJの三役を担当。 漫画原作、作詞も手がけ、2013年にはインターネットでダンス動画を配信している。 著書一覧 2014年 リミックス増補版 夢見られた近代 8月刊行予定 7月25日刊 2013年 2011年 2009年 2008年 2007年 2001年 1996年 1993年 1992年 1990年.

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