駆逐 艦 綾波。 【太平洋戦争】 激闘 日本海軍 駆逐艦物語!! 〈3JKI00〉

『三笠大先輩と学ぶ世界の艦船』#11 駆逐艦 綾波

駆逐 艦 綾波

しかし2年の歳月をかけて増備が進んでいるうちに、兵装などもより性能が向上していきました。 【綾波】はその一番艦で、10隻在籍する 「綾波型」の長女として誕生します。 「綾波型」になって変更された点は、1つは煙突の形状と 【浦波】でも行われた吸気孔の改善です。 「吹雪型」の吸気孔は「雁首状」という形状で、煙突の両脇に設置されていました。 「雁首状」というのは、文字通り雁(鳥)が首を伸ばして顔を前に向けているような状態で、逆L字のような形です。 しかしここに配置すると、荒波の中高速で航行するとどうしても海水が飛び込んでしまい、缶に不純物が入り込む状態となっていました。 そこで 「綾波型」ではその吸気孔を煙突基部に配置し、さらに形状も「おわん型」へ変更。 これによって海水が入り込む可能性が激減し、さらに予熱効果が副次的に現れたこともあり、この形状は一気に浸透。 以後の駆逐艦はほぼこのスタイルが維持されるようになりました。 出典:『軍艦雑記帳 上下艦』タミヤ そしてもう1つが、砲撃力の向上です。 主砲は 12. 7cm連装砲A型から 12. 7cm連装砲B型へ変更。 この B型が見事な上位互換となっていました。 A型では仰角が40度ほどで、かなり接近してきた航空機は射撃範囲外となってしまいます。 しかし B型はその仰角が75度にまで向上。 砲弾装填の時は仰角を戻さねばならない欠点はありましたが(もともと高角砲ではないので)、それでも武器が増えたことには変わりありません。 一方本業となる平射では毎分10発の A型から毎分20発の B型と速射性が格段に向上。 これには人力装填から機械装填へと切り替えられたことも大きく関係しています。 また、地味ですが二本の砲身を独立俯仰角方式へと変更し、一方は平射、一方は高射という使い分けができるようにもなっています。 「支那事変(日中戦争)」では上海や杭州湾上陸作戦に従事しています。 太平洋戦争では第三水雷戦隊に所属した 【綾波】は、マレー半島上陸作戦の際に 【蘭潜水艦 O-20】を撃沈させています。 その後、 【綾波】はしばらく輸送任務を黙々と行っていました。 舞台は 「第三次ソロモン海戦」の第二夜、11月14日。 前日に帝国海軍は 【比叡】を失い、三水戦(旗艦 【川内】、他 【浦波・綾波・敷波】)は難攻不落のヘンダーソン飛行場砲撃に際して哨戒活動を行っていました。 そして三水戦は 【川内・綾波】と 【浦波・敷波】のふた手にわかれ、小さなサボ島を両側から哨戒することにします。 やがて 【川内】は東側に回っていた 【浦波・敷波】組から敵艦隊発見の報を受けます。 その正体はのちに 【霧島】や 【高雄】らが戦うこととなる 【米ノースカロライナ級戦艦 ワシントン、サウスダコタ級戦艦 サウスダコタ】と駆逐艦4隻からなる艦隊でした。 【川内】は西側を 【綾波】に任せ、自身は北側をまわって 【浦波・敷波】を援護、 【綾波】は南側から東側にまわって合流し、双方から敵艦隊を撃退することにします。 やがて 【川内・浦波・敷波】は敵艦隊と交戦を開始、その際に 「敵艦隊発見」と通信をしているのですが、 【綾波】にはサボ島が障害となってその通信が届いてなかったと思われます。 そして 【綾波】も距離8,000m先に同じ艦隊を発見。 3隻はすでに攻撃を行っていると思った 【綾波】は、臨戦態勢をとって敵艦隊へと突撃します。 ところが、 【川内】以下3隻はこの戦いを形勢不利と捉えて一時撤退、戦場から離脱してたのです。 その離脱を知らない 【綾波】は、単艦で戦艦2隻を含む6隻の艦隊に立ち向かうことになってしまいました。 敵の巣に迷い込んだかのような 【綾波】でしたが、ここから 【綾波】の輝かしい活躍が始まるのです。 距離5,000mに詰め寄った時、米艦隊は 【綾波】に気づいて砲撃を開始します。 ほぼ同時に艦長 作間英邇中佐も砲撃を下令。 なんと初弾がいきなり 【米マハン級駆逐艦 プレストン】と 【シムス級駆逐艦 ウォーク】に命中、2隻は瞬く間に炎に包まれます。 米艦隊もすぐさま反撃を行い、 【綾波】は1番魚雷発射管が故障、さらに内火艇が損傷してガソリンに引火してしまい火災が発生します。 不幸なことにその炎が1番魚雷発射管の魚雷を包み、近いうちに爆発することは誰が見ても明らかでした。 それでも 【綾波】は攻撃を止めることはありません。 【サウスダコタ】に対しても命中弾を記録し、これによって 【サウスダコタ】は電気系統損傷によって副砲とレーダーが使えなくなったと言われています。 この影響はこの期に行われる 【霧島】との戦いでも大きく現れ、 【サウスダコタ】は早期撤退を余儀なくされます。 また、損傷していない2番、3番魚雷発射管から魚雷が次々と放たれ、その魚雷はまたも正確に敵艦隊を襲撃します。 炎上中の 【ウォーク】にとどめの一発を食らわせ、弾薬庫に引火して大爆発を起こした 【ウォーク】は沈没。 さらに 【ベンハム級駆逐艦 ベンハム】の艦首にも致命傷を与え、その場こそ逃げ切るものの、翌日 【ベンハム】も沈没しました。 そこへ別働隊である 【長良】と4隻の駆逐艦が合流、砲撃は休むことなく繰り広げられます。 炎上中だった 【プレストン】は格好の獲物となり、 【電】の苛烈な攻撃によって沈没。 また 【グリーブス級駆逐艦 グウィン】も 【白雪】の砲撃によって中破、 【ベンハム】とともに戦線離脱しています。 しかしそこへ2隻の戦艦からの攻撃が 【綾波】に直撃、2番砲塔は沈黙し、機関室にも甚大な被害を負った 【綾波】は遂にその足を止めてしまいました。 こうして、「第三次ソロモン海戦」の第二戦での別働隊の戦いは幕を閉じ、やがて第二章、 【霧島】VS 【ワシントン・サウスダコタ】へと歴史は進んでいきます。 勇猛果敢に敵艦隊へ襲いかかった 【綾波】は、至るところで火災が発生する大惨事ではありましたが、しかし浸水はすることなく、爆発前に総員退艦命令が下ります。 浮遊物を投げ捨て、それにつかまって脱出する戦士たちは、自身の乗る船がもたらした大戦果を前に興奮が収まらず、軍歌を歌いながら漂流する者もいたそうです。 乗員の脱出が完了後、 【綾波】は盛大に爆発を起こし、そして乗員たちに見守られて沈んでいきました。 「第三次ソロモン海戦」は結果的に敗北してしまいますが、この 【綾波】の大立ち回り、そして戦艦同士の砲撃戦、さらに第一夜の 【夕立】の嵐のような暴れっぷりなど、激闘に次ぐ激闘でした。 そして 【綾波】は駆逐艦単艦で駆逐艦2隻撃沈、1隻大破、さらに戦艦に一時的に著しい弱体化をもたらした、帝国海軍史でも燦然と輝く大武勲をあげたのです。 その黒い船体で闇夜を駆け巡った姿から、 【綾波】は 「黒豹」と称されました。

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綾波型姉妹とは (アヤナミガタシマイとは) [単語記事]

駆逐 艦 綾波

激闘 『夕立』 『夕立』は「初春」クラスの改良型である「白露」クラスの一隻。 駆逐艦としてこのクラスが初めて九四式方位盤を装備し、魚雷発射管が4連装となったことも特徴だ。 1942年(昭和17年)11月14日から翌15日にかけての第三次ソロモン海戦の第一夜戦において、日本艦隊の前衛として混戦の最中に米艦隊内に単艦で突入し、その隊列を混乱に陥れ多大の戦果を挙げたが、敵艦隊の攻撃により沈没し、生存者は「五月雨」と「雷」に救助された。 沈没した『夕立』の艦長は吉川潔中佐:海兵50期。 救助された翌日の戦闘にも「五月雨」に同乗して、闘志満々で参加した。 『夕立』艦長の前は「黒潮」の艦長としてバリ島沖海戦で大活躍している。 しかしその後、残念ながら駆逐艦「大波」の艦長としてセント・ジョージ岬沖海戦にて戦死、広島県広島市出身。 「不滅の駆逐艦長」と称され、異例の二階級特進で戦死後に提督:少将に進級。 高級幹部ではない現場指揮官ながら、抜群の軍功で勇名を馳せた。 基準排水量:1,685t 水線長:107. 5m 最大幅:9. 9m 馬力:42,000hp 速力;34ノット 兵装:主砲12. 第三次ソロモン海戦の第二夜戦で、『綾波』は第三水雷戦隊の一員としてサボ島に向かったが、他の味方艦隊と離れ戦艦2隻駆逐艦4隻の米国艦隊に対してただ一隻で突入した。 強力な戦艦を含む敵艦隊に単艦で挑み、敵駆逐艦3隻を撃沈し1隻を大破させたが、敵の集中砲火を浴びて炎上、弾薬庫が爆発して沈没した。 しかし、駆逐艦1隻としては特筆すべき大戦果であった。 沈没した当時の『綾波』艦長は作間英邇中佐。 生存乗組員の一部と共にカッターでガダルカナル島に上陸し、二週間後に潜水艦で帰還し九死に一生を得る。 また大和特攻では第四十三駆逐隊司令として駆逐艦「桐」に座乗し豊後水道まで同行したが、第四十三駆逐隊は急遽命令により引き返し、結果としてこの時も生き延びることになった。 終戦時の最終階級は大佐。 基準排水量:1,680t 水線長:115. 3m 最大幅:10. 36m 馬力:50,000hp 速力;38ノット 兵装:主砲12. 『初月』はその4番艦である。 航続距離の長い空母機動部隊に随伴するために大量の燃料を搭載し、搭載機の発艦時に30kn以上で航行する空母に合わせた高速性能が要求された。 結果として艦形は大型化し日本海軍最大級の駆逐艦となった。 砲性能には諸説あり 1944年 昭和19年 10月25日、米軍のフィリピン攻撃に際し、『初月』の所属している小澤中将率いる空母機動部隊 第三艦隊 は囮となって戦艦中心の第二艦隊 司令長官:栗田中将 ほかのレイテ湾突入を成功させようとした。 この小澤機動部隊は多くの艦船を米軍空母機の来襲で失いながらも有力な米軍艦隊を北方に引き付けることに成功した。 空母機が撃ち漏らした日本機動部隊の残存艦艇を葬る為に北進した巡洋艦3隻と10隻以上の駆逐艦を基幹とするデュボース少将の部隊は、損傷して漂流中の空母「千代田」を発見し一方的に撃沈した。 その後、米軍艦隊は更に北上し小澤機動部隊を追撃、巡洋艦「五十鈴」と2隻の駆逐艦、『初月』と「若月」を発見、砲撃を開始した。 突然の砲撃を受けたものの『初月』は「敵水上艦艇ト交戦中」と打電し、他の日本側の2艦ともども直ちに離脱を図り煙幕を張って逃走を開始した。 しかし練度の低い「五十鈴」と「若月」を庇うために、また他の日本機動部隊の残存艦を救う目的で、『初月』は単艦反転し米軍部隊へと突撃した。 しかし残り魚雷の既に無い状態の中、魚雷攻撃を仕掛けるふりをしながら必死で時間を稼いだが、やがて一方的に集中砲火を受け沈没した。 尚、この時、米軍側は『初月』を巡洋艦だと判断しており、デュボース少将は13対1の劣勢をものともせずに果敢に挑戦してきた『初月』の奮戦を称えた。 この『初月』の孤軍奮闘により小澤機動部隊の残存艦は脱出に成功した。 しかし救助した空母「瑞鶴」の生存者866名と、第61駆逐隊司令の天野重隆大佐:海兵47期 戦死後少将に進級 及び橋本金松艦長:海兵55期石川県出身 戦死により大佐 以下、全乗組員が戦死した。 因みに、「瑞鶴」救助中の『初月』の内火艇が生還したようである。 基準排水量:2,701t 水線長:132. 0m 最大幅:11. 6m 馬力:52,000hp 速力;33ノット 兵装:主砲10. 1942年(昭和17年)5月8日の珊瑚海海戦に出撃、ミッドウェー海戦には途中まで参加した。 8月にはマーシャル諸島付近で活動し、以後、ガダルカナル島への兵員・物資の輸送作戦にも10回ほど従事した。 11月12日に第三次ソロモン海戦で損傷し、トラック島で応急修理を受けた。 以降、ベラ湾夜戦、第一次ベララベラ海戦、第二次ベララベラ海戦と戦い、その活躍は天皇にも言上・報告され賞賛された。 またブーゲンビル島沖海戦では参加艦艇中、唯一無傷で帰投した。 1944年 昭和19年 2月17日のトラック大空襲の時は真っ先に外海に向けて退避行動を始めたが、内水路で敵の艦爆35機の襲撃を受けた。 回避行動の取れない水路のため、ひたすら直進するのみであったが猛烈な対空射撃を実施し12機の米軍機を撃墜、第二煙突付近に損傷を受けるも外海に到達することができた。 その後、マリアナ沖海戦でも生還を果した『時雨』は、レイテ沖海戦では西村艦隊に属しスリガオ海峡海戦を生き延び唯一生還した艦となった。 煙幕の中を、戦艦6隻、巡洋艦8隻という優勢な米艦隊のレーダー射撃を受けながら、右に左に回頭しながら突進したが味方の艦隊は『時雨』を除き全滅 一旦退避した重巡洋艦「最上」は損傷がひどく後に処分 した。 当時の艦長は、西野繁中佐:海兵55期で、その操艦技能とリーダーシップで終戦まで生き延びた。 1945年(昭和20年)1月24日、マレー半島東岸のタイランド湾で「ヒ87A船団」の「さらわく丸」を護衛中、米潜水艦「ブラックフィン」の雷撃を受け沈没した。 尚、1944年12月1日以降の艦長は、荻原学少佐である。 基準排水量:1,685t 水線長:107. 5m 最大幅:9. 9m 馬力:42,000hp 速力;34ノット 兵装:主砲12. 緒戦の真珠湾攻撃から大和沖縄特攻まで16回以上の主要な作戦に従事し、戦果を挙げながらも無傷で生き残り終戦を迎えた「奇跡の駆逐艦」として大変有名である。 『雪風』と並ぶ(激戦の中で生き残った)幸運艦には、駆逐艦「時雨」、空母「瑞鶴」、軽巡洋艦「大淀」などがあったが、いずれも終戦までには没している。 最後の(4代目)艦長は寺内正道中佐で、90kg近い巨漢。 大の酒豪で、まさに豪傑を絵で書いた様な人で「ワシがいるかぎり雪風は沈まん」と豪語していた。 マリアナ沖海戦やレイテ沖海戦でも活躍したが、大和沖縄特攻時にも『雪風』は奮闘し、寺内艦長は絶望的な闘いの中でも最後まで闘志を失わなかった。 基準排水量:2,000t 水線長:116. 2m 最大幅:10. 8m 馬力:52,000hp 速力;35ノット 兵装:主砲12. 乞うご期待!! -終- ・・・はこちらから -・・・はこちらから -・・・はこちらから -・・・はこちらから ・・・はこちらから ・・・はこちらから 《スポンサードリンク》 人気の記事 (週間ランキング)• 先日、ある読書好きの友人から、中古本を古書店等で購入する際に参考とする為に、中古本の状態を表す用語について解説して欲しい... 466件のビュー 投稿者: カテゴリ: , , , ,• 混戦の渦中、味方が互いに相戦う「同士討ち」はよくあることの様だ。 近代戦においても誤射や誤爆は頻繁に発生しているし、まして... 431件のビュー 投稿者: カテゴリ: , , , , , ,• 「寺子屋」とは、安土桃山時代の末期から江戸時代において、庶民の子弟に読み・書きや算盤(そろばん)もしくは簡単な計算法や初... 361件のビュー 投稿者: カテゴリ: , , , , , , ,• 名奉行!! 323件のビュー 投稿者: カテゴリ: , , , , ,• 【刑事ドラマ大全】の連載第二回目は、テレビ朝日の『警視庁 捜査一課長』から始めよう。 内藤剛志さん演じる警視庁刑事部捜査一... 276件のビュー 投稿者: カテゴリ: , , , , , ,• 275件のビュー 投稿者: カテゴリ: , , , , , , ,• 江戸時代において、江戸市中に常住する武家には幕府から屋敷地が(貸し)与えられた。 これらの武家には、各大名家と徳川家の直接... 271件のビュー 投稿者: カテゴリ: , , , ,• 古来より我国のことは、『大八島/大八州(おおやしま)』や『秋津島/秋津洲(あきつしま)』、『葦原中国(あしはらの... 245件のビュー 投稿者: カテゴリ: , , , , , , , , , , , , , , , ,• 今回の【江戸時代を学ぶ】は、前・後編にわたり関東取締出役について触れたい。 223件のビュー 投稿者: カテゴリ: , , , , , , ,• リンカーン大統領の暗殺事件には数々の謎がある。 後に多くの不審点が指摘され、謎の重大歴史事件として現在にまで伝えられている... 201件のビュー 投稿者: カテゴリ: , , , , ,• 194件のビュー 投稿者: カテゴリ: , , , , ,• 191件のビュー 投稿者: カテゴリ: , , , ,• 連作【国鉄昭和五大事故 】シリーズの洞爺丸事故(後編)をお届けする。 同事故に関する連載最終回である今回は... 190件のビュー 投稿者: カテゴリ: , , , , , ,• B-17の登場する映画の第6回目をお送りします。 今回はいずれも2000年以降の作品『フライング・フォートレス』と『マイテ... 189件のビュー 投稿者: カテゴリ: , , , , , , , , ,• 彼らには現代の官僚にも近い熾烈な昇進レースが待ち受けており、また高禄の家柄の出身者だからといって、初めから出世が... 183件のビュー 投稿者: カテゴリ: , , , , ,.

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駆逐 艦 綾波

しかし2年の歳月をかけて増備が進んでいるうちに、兵装などもより性能が向上していきました。 【綾波】はその一番艦で、10隻在籍する 「綾波型」の長女として誕生します。 「綾波型」になって変更された点は、1つは煙突の形状と 【浦波】でも行われた吸気孔の改善です。 「吹雪型」の吸気孔は「雁首状」という形状で、煙突の両脇に設置されていました。 「雁首状」というのは、文字通り雁(鳥)が首を伸ばして顔を前に向けているような状態で、逆L字のような形です。 しかしここに配置すると、荒波の中高速で航行するとどうしても海水が飛び込んでしまい、缶に不純物が入り込む状態となっていました。 そこで 「綾波型」ではその吸気孔を煙突基部に配置し、さらに形状も「おわん型」へ変更。 これによって海水が入り込む可能性が激減し、さらに予熱効果が副次的に現れたこともあり、この形状は一気に浸透。 以後の駆逐艦はほぼこのスタイルが維持されるようになりました。 出典:『軍艦雑記帳 上下艦』タミヤ そしてもう1つが、砲撃力の向上です。 主砲は 12. 7cm連装砲A型から 12. 7cm連装砲B型へ変更。 この B型が見事な上位互換となっていました。 A型では仰角が40度ほどで、かなり接近してきた航空機は射撃範囲外となってしまいます。 しかし B型はその仰角が75度にまで向上。 砲弾装填の時は仰角を戻さねばならない欠点はありましたが(もともと高角砲ではないので)、それでも武器が増えたことには変わりありません。 一方本業となる平射では毎分10発の A型から毎分20発の B型と速射性が格段に向上。 これには人力装填から機械装填へと切り替えられたことも大きく関係しています。 また、地味ですが二本の砲身を独立俯仰角方式へと変更し、一方は平射、一方は高射という使い分けができるようにもなっています。 「支那事変(日中戦争)」では上海や杭州湾上陸作戦に従事しています。 太平洋戦争では第三水雷戦隊に所属した 【綾波】は、マレー半島上陸作戦の際に 【蘭潜水艦 O-20】を撃沈させています。 その後、 【綾波】はしばらく輸送任務を黙々と行っていました。 舞台は 「第三次ソロモン海戦」の第二夜、11月14日。 前日に帝国海軍は 【比叡】を失い、三水戦(旗艦 【川内】、他 【浦波・綾波・敷波】)は難攻不落のヘンダーソン飛行場砲撃に際して哨戒活動を行っていました。 そして三水戦は 【川内・綾波】と 【浦波・敷波】のふた手にわかれ、小さなサボ島を両側から哨戒することにします。 やがて 【川内】は東側に回っていた 【浦波・敷波】組から敵艦隊発見の報を受けます。 その正体はのちに 【霧島】や 【高雄】らが戦うこととなる 【米ノースカロライナ級戦艦 ワシントン、サウスダコタ級戦艦 サウスダコタ】と駆逐艦4隻からなる艦隊でした。 【川内】は西側を 【綾波】に任せ、自身は北側をまわって 【浦波・敷波】を援護、 【綾波】は南側から東側にまわって合流し、双方から敵艦隊を撃退することにします。 やがて 【川内・浦波・敷波】は敵艦隊と交戦を開始、その際に 「敵艦隊発見」と通信をしているのですが、 【綾波】にはサボ島が障害となってその通信が届いてなかったと思われます。 そして 【綾波】も距離8,000m先に同じ艦隊を発見。 3隻はすでに攻撃を行っていると思った 【綾波】は、臨戦態勢をとって敵艦隊へと突撃します。 ところが、 【川内】以下3隻はこの戦いを形勢不利と捉えて一時撤退、戦場から離脱してたのです。 その離脱を知らない 【綾波】は、単艦で戦艦2隻を含む6隻の艦隊に立ち向かうことになってしまいました。 敵の巣に迷い込んだかのような 【綾波】でしたが、ここから 【綾波】の輝かしい活躍が始まるのです。 距離5,000mに詰め寄った時、米艦隊は 【綾波】に気づいて砲撃を開始します。 ほぼ同時に艦長 作間英邇中佐も砲撃を下令。 なんと初弾がいきなり 【米マハン級駆逐艦 プレストン】と 【シムス級駆逐艦 ウォーク】に命中、2隻は瞬く間に炎に包まれます。 米艦隊もすぐさま反撃を行い、 【綾波】は1番魚雷発射管が故障、さらに内火艇が損傷してガソリンに引火してしまい火災が発生します。 不幸なことにその炎が1番魚雷発射管の魚雷を包み、近いうちに爆発することは誰が見ても明らかでした。 それでも 【綾波】は攻撃を止めることはありません。 【サウスダコタ】に対しても命中弾を記録し、これによって 【サウスダコタ】は電気系統損傷によって副砲とレーダーが使えなくなったと言われています。 この影響はこの期に行われる 【霧島】との戦いでも大きく現れ、 【サウスダコタ】は早期撤退を余儀なくされます。 また、損傷していない2番、3番魚雷発射管から魚雷が次々と放たれ、その魚雷はまたも正確に敵艦隊を襲撃します。 炎上中の 【ウォーク】にとどめの一発を食らわせ、弾薬庫に引火して大爆発を起こした 【ウォーク】は沈没。 さらに 【ベンハム級駆逐艦 ベンハム】の艦首にも致命傷を与え、その場こそ逃げ切るものの、翌日 【ベンハム】も沈没しました。 そこへ別働隊である 【長良】と4隻の駆逐艦が合流、砲撃は休むことなく繰り広げられます。 炎上中だった 【プレストン】は格好の獲物となり、 【電】の苛烈な攻撃によって沈没。 また 【グリーブス級駆逐艦 グウィン】も 【白雪】の砲撃によって中破、 【ベンハム】とともに戦線離脱しています。 しかしそこへ2隻の戦艦からの攻撃が 【綾波】に直撃、2番砲塔は沈黙し、機関室にも甚大な被害を負った 【綾波】は遂にその足を止めてしまいました。 こうして、「第三次ソロモン海戦」の第二戦での別働隊の戦いは幕を閉じ、やがて第二章、 【霧島】VS 【ワシントン・サウスダコタ】へと歴史は進んでいきます。 勇猛果敢に敵艦隊へ襲いかかった 【綾波】は、至るところで火災が発生する大惨事ではありましたが、しかし浸水はすることなく、爆発前に総員退艦命令が下ります。 浮遊物を投げ捨て、それにつかまって脱出する戦士たちは、自身の乗る船がもたらした大戦果を前に興奮が収まらず、軍歌を歌いながら漂流する者もいたそうです。 乗員の脱出が完了後、 【綾波】は盛大に爆発を起こし、そして乗員たちに見守られて沈んでいきました。 「第三次ソロモン海戦」は結果的に敗北してしまいますが、この 【綾波】の大立ち回り、そして戦艦同士の砲撃戦、さらに第一夜の 【夕立】の嵐のような暴れっぷりなど、激闘に次ぐ激闘でした。 そして 【綾波】は駆逐艦単艦で駆逐艦2隻撃沈、1隻大破、さらに戦艦に一時的に著しい弱体化をもたらした、帝国海軍史でも燦然と輝く大武勲をあげたのです。 その黒い船体で闇夜を駆け巡った姿から、 【綾波】は 「黒豹」と称されました。

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